エッセイ 2007年〜2015年

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第9回『子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレー2015を終えて」

実行委員長 増沢 高

1.9回目を迎え、大きく発展したたすきリレー

春先からたすきリレーの準備に追われ、あっという間に当日を迎えという1年間が何度もめぐって、早9年目になりました。早いものです。ただのランニング好きが集まり、たすきをつなげて児童虐待防止を訴えようと始まったのが9年前。当時は児童福祉施設や児童相談所など児童福祉領域に携わる数十人がささやかに始めたこのイベントも、今や、様々な人たちが集まる大きなイベントへと発展しました。始めた当時は、今のイベントの姿を想像すらしていませんでした。東京都と神奈川県にまたがる3つのコースを、約700名のランナーが走り、ゴール会場に2万人近い方が訪れるイベントになろうなどとは、かけらにも思っていなかったのです。

第1回は、箱根から東京の読売新聞本社前まで2日間かけたすきをつなぎましたが、いまは、ゴールが横浜の山下公園とし、渋谷の忠犬ハチ公前からはじまる都心コース、湘南の二ノ宮町にある心泉学園からの湘南コース、鎌倉の大仏(高徳院)と三浦海岸から始まる鎌倉・三浦・横須賀コースの3コースが定着しました。ハチ公がスタート地点となったのは4回目から、大仏がスタート地点になったのは、東日本大震災のあった平成23年の5回目からです。ハチ公前は渋谷区とハチ公銅像維持会に、大仏のスタートには高徳院に、それぞれ「きっと無理だろう」と思いながらお願いにあがったところ、共にご快諾いただいたのでした。嬉しくて舞い上がったあのときを今でも鮮明に思い出します。ハチ公像には、専用の虐待防止のたすきもかけさせていただき、それからずっと啓発に協力していただいています。大仏には、震災復興プロジェクトとして、大仏サイズのたすきをキルトで作り上げることを決めました。今年ほぼそれが出来上がりました。10回目となる来年は、大仏に奉納予定です。児童福祉施設の心泉学園は、湘南コースのスタート地点として5回目から担っていただいております。どのコースのスタート地点も早朝のスタートのため、なかなか人が集まりにくいのですが、どこも年々人が増え、賑わうようになりました。

2.白バイ先導のスタート

白バイ先導スタート特に心泉学園には、学校の先生、消防隊員、警察官、米国軍人(キャサリンマイヤー米国海軍大佐をはじめとしたランナーが、湘南コースのすべての区に参加したすきをつなぎました)など多職種の方々が集まり、今年はこの第1区だけでランナーは50名を越えるほどとなりました。その中には村田邦子二ノ宮町長もおられます。また箱根からホノルルマラソンクラブのメンバー10人が、自主参加で、小田原から二ノ宮まで夜明け前から、たすきをつけてスタートに間に合わせて走ってこられました。すごいですね。スタートは施設の子ども達大勢の応援を受けてのスタートで、しかも施設から国道1号線までの私道は危険を伴うということもあり、大磯警察の白バイが先導してくださいました。白バイの先導といえば、新年に行われる東京箱根駅伝の白バイ隊の姿が頭に浮かぶのではないでしょうか。白バイ先導でランナーが走ることは、私たちの夢のひとつでしたので、短い距離ではありましたが、それが適ったことは大変嬉しく、神奈川県警ならびに大磯警察署に心からお礼申し上げるしだいです。いつの日か、子ども虐待防止を訴える市民が公道を埋め尽くすほど集まって白バイ先導でたすきをつなげられたら、そんな夢のようなことをひそかに願っています。

3.未来を担う学生の参加


茅ヶ崎高校の皆さんも参加
今年の発展は、高校生をはじめ専門学校生、短大生、大学生など多くの学生がこの活動に関心を持っていただき、協力してくれたことです。湘南コースは、昨年から茅ヶ崎高校・セブンイレブン茅ヶ崎本村3丁目店が第4中継所となり、茅ヶ崎高校の高校生がキャンペーンに協力してもらうようになり今年の生徒会も昨年同様引き継がれ、さらに高校生が13名ランナーとして走られました。都心コースも、大学生が13名第2区を走られました。

学生さんの参加はとても嬉しいことですし、重要と考えています。子ども虐待の連鎖を断って、次の世代が虐待のない社会となるよう、多くの学生がこの問題に関心を持ち、すべての子どもが幸せに暮らす社会創りを目指し、社会に貢献してほしいと願うからです。

茅ヶ崎高校の学生の他にも多くの学生がこの取り組みに協力してくれています。鎌倉・三浦・横須賀コースのスタート地点である高徳院では、ランナースタート後鎌倉女子大の学生さんが、3年前から鎌倉市と共に啓発キャンペーンに力を注いでくれています。また横浜保育福祉専門学校の学生さんも、イベントに向けての準備から協力してくださいました。残念ながら当日は専門学校の文化祭と重なり、イベントには参加できませんでしたが、文化祭でオレンジリボンたすきリレーの紹介と共に子ども虐待防止の啓発を行ってくれました。ゴール地点は、全国の大学生で構成されている「全国福祉未来ネットワーク」に所属する大学生が複数参加され、運営・啓発に協力してくれました。「全国福祉未来ネットワーク」は都心コースのスタート地点である渋谷区で、当日も含めて1週間、渋谷で児童虐待防止の啓発活動に取り組まれました。

4.市長さん、町長さんも含めた他領域多職種協働のたすきリレー

先に湘南コースの第1区で、二ノ宮町の町長が第1区を走られたことを述べましたが、鎌倉・三浦・横須賀コースでは、これまでも市長や町長さんが走られています。鎌倉市の松尾市長はこのコースが設定された第5回たすきリレーから毎年必ず走られています。5年前に鎌倉市のご協力を求めて鎌倉市にうかがったところ、松尾市長自らがお話を聞いてくださいました。松尾市長は、子どもの福祉にもとても造詣が深く、市長になる前には、市庁舎の近くにある児童養護施設「鎌倉児童ホーム」の行事などにボランティアとして、積極的に関わっておられたと聞いています。市長さんや町長さんが、率先して啓発のために参加していただけることは、われわれにとってどれほど心強いものか、回を重ねることに、その重みを感じています。

参加するランナーは年を追うごとに増えています。昨年は500名を越えましたが、今年は699名のランナーが参加されました。また当初は、児童福祉施設や児童相談所の職員の方々が多かったのですが、先述した湘南コースの第1区に象徴されるように、多分野多職種の方々が参加されるようになりました。児童虐待問題への取り組みは、児童福祉の領域だけでは充分な対応はできません。この問題を抱えた子どもと家族は、複数のニーズを抱えているため、多領域多職種の協働による支援が不可欠なのです。たすきリレーは、違う立場の人々が同じ願いをこめて、たすきをつないでいくという、「協働」の大切さを象徴した活動なのです。啓発活動には2つの種類があると常々思っています。一つは、多くの方々の目にとまるような情報の発信です。ランドマークをライトアップするものや、インターネットでメッセージを発信するなど様々です。ただし、現代社会は情報にあふれています。その膨大な情報の中で、ひとつの情報を心に刻ませるのは困難でもあります。

もう一つの啓発の形は、参加型の啓発活動です。啓発する当事者として参加していただくことです。われわれのたすきリレーは、まさにこれにあたります。ランナーとして一度でも走った人は、子ども虐待について、しっかりと心に刻まれるはずです。他の人々よりもはるかにこの問題に関心をもち、様々な機会で、それを話題にしたり考えたりするでしょう。それがねらいです。ですから、児童福祉分野の方よりも、他の領域の方や一般市民の方のランナーが増えてきたのは、本当に嬉しいことなのです。

5.充実のイベント会場



ゴール地点である山下公園では、午前11時から子ども虐待防止啓発のためのイベントが開催されました。昨年から、敷地内のブース展示が充実し、親子が楽しく過ごせるような企画を増やしたのですが、今年はさらにそれをグレードアップしました。

昨年に続き「クロバー株式会社」が、親子で手づくり体験コーナーを設け、「横浜市民生児童委員協議会・横浜市主任児童委員連絡会」では、3Dめがねとストローで風車を作るコーナー、子どものためのシェルターを運営する「NPO子どもセンターてんぽ」は、オレンジリボンアドバルーンの製作、「NPO CROP.-MINORI」による昔懐かしい子どもの遊びの体験コーナーなど、親子向けのブースが6箇所も設置されました。「宅地協会横浜南部支部」のやきそばや「NKKシームレス鋼管」のコーヒーやクッキーは大人気で、長蛇の列ができるほどでした。また本部では、オレンジリボンの由来をはじめ、日本の児童虐待の現状、防止対策などパネルにして情報提供に努めました。

ステージ上では、音楽、パントマイム、ダンス、ヒーローショーなどの多彩なプログラムが展開しました。またランナーと会場を結ぶ音声中継も昨年以上に充実しました。ステージ上でランナーがどの中継所を通過したか、すぐに分かるように大型のコース図をパネルで提示し、現地の音声と共にランナーの状況がすぐに把握できるようにしました。このことはとても好評でした。来年度以降はこれをスタンダードにしていきたいと思います。

ステージ上では、恒例となった土田聡子(プーカ)さんのライブ、クラウンジュカと仲間たちのパントマイム、そしてイチゴパフェの親子コンサートが行われました。親子コンサートでは横浜市立相武山小学校のダンスチームが今年も参加され、イチゴパフェさんとのコラボレーション・歌とダンスのパフォーマンスに皆を楽しませてくれました。イベント会場は終日大勢の人たちが来場され、大きな賑わいを見せました。

6.全国走破の井上さんも一緒に感動のゴール場

ステージ上で川崎二三彦大会会長のあいさつが終わるころ、各コースのランナーたちが例年通りに山下公園の西口に集結しました。総勢100名ほどとなりました。これから山下公園を横断し石のステージに向かって、そこまで通じている公園内の海側の道と内陸側の道(約700メートル)の二手に分かれての最後の走りです。ゆっくりとイベント会場のゴールに向かいます。皆笑顔です。公園を訪れた多くの方に見守られながら走ります。石のステージ前では、20メートルほどに張られたオレンジ色のゴールテープがランナーを待ちます。

3時40分、一斉にゴール!


1万キロ達成 歓喜の井上さん
ランナーはもちろん、この場にいるすべての人が満面の笑顔です。各コースの代表ランナーに川崎二三彦会長から完走賞が渡されました。その中には、昨年このゴール会場からスタートし、1年間、全国を走り回ってたすきリレーの実施を呼びかけ、児童虐待防止を訴えた井上幸夫さんの姿がありました。全国を走破し、本日は都心コースのランナーと一緒に、全区間走り抜けて、70名のランナーと一緒に、自身の全国一周1万ランのゴールをきられたのです。本当にお疲れ様です。苦しいときは何度もあったと思います。よくぞがんばられました。ありがとうございました。この場にいる多くの方々の口から、労をねぎらう声や、感謝の声が井上さんに届けられました。

6.全国に広がるオレンジリボンたすきリレー

全国に広がるオレンジリボンたすきリレー今年は、オレンジリボンたすきリレーを行う地域がぐっと増えた年となりました。小山市と滋賀県では、毎年私たちのリレーの1週前に開催されて、ここにたすきがつながれています。そして私たちのたすきはこの後開催が予定されている岐阜県、名古屋市、静岡県、長野県の代表の方に手渡されました。ことしはこれ以外にも、高知県、山口県、宮崎県、鳥取県、茨城県、徳島県、福島県でも開催されました。たすきの輪はますます広がってきています。こうした開催県とは、厚く連携をとって、全国のたすきリレーネットワークを築きたいと願っています。開催されました実行委員会の皆様、関係者の皆様、お疲れ様でした。またこれからも一緒にがんばりましょう。

謝辞

約700名となりましたランナーの皆さま、そしてキャンペーン会場で歌やトークをしていただきました皆様に感謝申し上げます。

次の方々には財政面での支援をしていただきました(敬称略)。(公財)資生堂社会福祉事業財団、(公財)楽天未来のつばさ、(財)神奈川新聞厚生文化事業団、(株)ガリバー、サッポロホールディングス(株)、ポッカサッポロフード&ビバレッジ(株)、(株)セブン-イレブン・ジャパン、ユースキン製薬(株)、エヌケーケーシームレス鋼管(株)、(一社)東京キワニスクラブ、カードショップカリントウ、(司)星野合同事務所、(株)whitedesign、かながわ信用金庫、湘南信用金庫、神奈川県生命保険協会、(公社)神奈川県宅地建物取引業協会横浜南部支部、神奈川県保険医協会、YMCA鎌倉、用賀おたふく、用賀カイト、上野毛伊仙、(株)伊藤園、湘南ヤクルト販売(株)、クロバー(株)、(有)東京仁藤商店、その他の団体。心より感謝申し上げます。また、子どもの虹情報研修センターで行われる研修期間中に募金をお願いしたところ多くの方々が協力をしてくださいました。ありがとうございました。

次にあげさせていただく後援の機関、団体の方々からは、大きなご支援をいただきました(敬称略)。厚生労働省、東京都、神奈川県、神奈川県警察、横浜市、川崎市、鎌倉市、渋谷区、大田区、品川区、逗子市、横須賀市、三浦市、茅ヶ崎市、平塚市、葉山町、二宮町、大磯町、栃木県小山市、神奈川県社会福祉協議会、全国児童相談所長会、神奈川県児童福祉施設協議会、神奈川県母子生活支援施設協議会、神奈川県保険医協会、神奈川県教育委員会、東京都社会福祉協議会、横浜市ファミリーホーム連絡協議会、川崎市あゆみの会、(財)神奈川新聞厚生文化事業団、(株)資生堂、鎌倉高徳院、渋谷忠犬ハチ公銅像維持会、(一社)東京キワニスクラブ、彩樹園、鎌倉力車(株)プラネス、その他の団体。大変ありがとうございました。

スタートや中継所等の設定にご協力をいただきました(敬称略)。心泉学園、エリザベスサンダースホーム、遊行寺、西横浜国際総合病院、横浜市立永野小学校、永谷連合町内会、港南区民生・児童委員、平塚馬入ふれあい公園、茅ヶ崎高校、セブンイレブン茅ヶ崎本村3丁目店、(株)湘南ベルマーレ、渋谷忠犬ハチ公銅像維持会、渋谷区観光協会、渋谷区子ども家庭支援センター、渋谷ピアネット、東京都児童相談センター、東京タワー、泉岳寺品川児童相談所、品川区民生・児童委員、大田区子ども家庭支援センター、大田区立大森スポーツセンター、大田区民生・児童委員、ユースキン製薬(株)、川崎市あゆみの会、鶴見区役所、セブンイレブン横浜浦島町店、鎌倉高徳院、鎌倉児童ホーム、鶴岡八幡宮、葉山町商工会、森戸大明神、サンビーチ追浜、セブンイレブン横浜片吹店、横浜市中央児童相談所、イセザキ・モール1・2St.、協同組合伊勢佐木町商店街、ホテルマホロバマインズ三浦、久里浜商店会協同組合、team黒船、しらかば子どもの家、春光学園、幸保愛児園、三浦しらとり園、金沢区民生・児童委員、磯子区民生・児童委員、横浜市磯子センター、神奈川県立こども医療センター、YMCA鎌倉

キャンペーン会場でブースを設置していただくなど会場を盛り上げていただきました(敬称略)。神奈川県、おおいそ学園、資生堂社会福祉事業財団、(株)セブン-イレブン・ジャパン、全国児童家庭支援センター協議会、横浜市こども青少年局、横浜市民生委員児童委員協議会横浜市主任児童委員連絡会、カンガルーOYAMA、(特非)CROP.-MINORI、神奈川県母子生活支援施設協議会、(特非)子どもセンターてんぽ、ユースキン製薬(株)、エヌケーケーシームレス鋼管(株)、栗原さんをはじめとするパントマイマーの皆様、高田馬場・ジェットロボット、こくぶともみさん、坂本博之さん、土田聡子さん(プーカ)、イチゴパフェ、横浜市立相武山小学校、東京都社会福祉協議会児童部会従事者会、鎌倉市役所、鎌倉女子大学・鎌倉女子大学短期大学部、横須賀市役所、関東学院大学・明治大学など学生の皆さん、港南区社会福祉協議会、(特非)国境なき楽団、クロバー(株)勝山泰江さんとその仲間たち、(特非)全国福祉未来ネットワーク、練馬イクメンパパプロジェクトほか。またご寄付をいただいた方々その他このイベントにご支援ご協力をいただいた方々に深く感謝いたします。

さらに次にあげさせていただく方々には、キャンペーン会場でリボンやチラシを配るなどのボランティア活動をしていただきました。横浜キワニスクラブ、渋谷区子ども家庭支援センター、東京都児童相談センター、永谷連合町内会、品川区民生・児童委員、東京都社会福祉協議会児童部会従事者会、戸塚区民生・児童委員、心より感謝申し上げます。

オレンジリボン作成にご協力いただいた、港南区社会福祉協議会、下永谷地区民生委員、川崎市あゆみの会、横浜キワニスクラブ、エキスパート・チャリティ・アソシエーション、日本アムウェイ合同会社、鎌倉児童ホーム、CROP.、専門学校・大学生、有志ボランティアの方、心より感謝申し上げます。

そして、平成23年度から始まった新プロジェクト「祈りの『Friendship』キルトたすき」の製作では、キルト作家若山雅子さんをアドバイザーに、勝山泰江さん、荒井美夏さんとその仲間たちにご尽力いただきました。心より感謝申し上げます。

第8回『子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレー2014を終えて」

実行委員長 増沢 高

1.晴天の秋空

今年も異常気象の年でした。初旬の1月と2月、2度にわたり関東で大雪が降りました。特に2月の大雪では、東京都心で54年ぶりに27センチの雪積という記録でした。今年はその後、大雨による土砂災害や御嶽山の噴火が続き、どこか全体が不安に満ちた年でした。災害で亡くなった方々のご冥福と、傷を負った方々の早期回復を心よりお祈りいたします。

さて、私たちの子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレーは今年で8回目を迎えました。毎年のように台風直撃の予報に見舞われており、異常気象の続く今年も「大丈夫かなあ」という心配で 一杯でした。しかしこの心配は今年は無縁でした。リレー前日まで、秋晴れが続き、当日も見事な秋晴れの中、開催することができました。これだけ好天候に恵まれたのは、久しぶりです。振り返れば、第1回と第2回が晴天でしたので、本当に久しぶりなのです。

半ばあきらめかけ週末を迎えようとしていました。ところが台風が北上し偏西風に乗ったとたんみるみるスピードを速め、土曜日の早朝に関東地方をそれるように通過した後は、ぐんぐんと離れていったのです。土曜日の3時には雨も上がり、翌日の朝は、雲一つないさわやかな秋晴れとなりました。

2.青空のもと、3コースでたすきリレーが展開

走行コースマップ今年も3つのコースでたすきが引き継がれました。渋谷駅ハチ公前広場からの都心コース(全8区)、神奈川県二宮町にある児童養護施設心泉学園から湘南コース(前7区)、鎌倉高徳院(鎌倉の大仏)からとマホロバマインズ三浦からの鎌倉・三浦・横須賀コース(前13区)です。

―新しくなった湘南コース―

今年は湘南コースで大きなコースの変更がありました。昨年までは児童養護施設エリザベスサンダースホームから海沿いの国道135号線を走行し、セブンイレブンサザンビーチ店と児童養護施設 茅ヶ崎ファームを中継し遊行寺に入るコースでしたが、今年から国道1号線沿いを走行し、平塚市内を通過して馬入ふれあい公園を第2中継所とし、その後茅ヶ崎高校横のセブンイレブン茅ヶ崎本村店を中継して遊行寺に入ることとなりました。スタート地点の心泉学園では、来賓に二宮町長と神奈川県県民局長を迎えてスタートセレモニーが行われました。園庭には、地域の方や小中学生が作った千羽鶴、正門には子どもたちが膨らませたオレンジと白の風船がアーチを作り、スタート合図と共に全コース中最多となる41名のランナーが、子ども達の声援に送られてスタートしていきました。


上大岡駅前ランナー到着の様子
新たに加わった第2中継所の馬入ふれあい公園では、Jリーグ湘南ベルマーレのマスコットキャラクター、「キングベルI世」が出迎えてくれました。セブンイレブン茅ヶ崎本村店では茅ヶ崎高校 の学生ボランティアが茅ヶ崎市の子育て支援課と一緒に啓発ティッシュとグッズを配布してくれました。平塚市内と茅ヶ崎市内を走行できたことで大勢の市民の方々の目に触れることができ、充実したキャンペーンとなりました。泉岳寺、西横浜国際総合病院を中継し、永野小学校が最後の中継点です。この中継所は毎年、学童保育によるバザーが行われており、大勢の親子がランナーの中継を応援してくれます。ランナーの中には永野小学校の先生もおられ、ひときわ大きな声援で迎えられました。最終区は本コース最長となる11.5kmを26名のランナーが走行しました。

―充実の都心コース―


渋谷PR新キャラクタあいりっすん
都心コースは、恒例となった渋谷駅ハチ公前広場がスタートです。この日は3年連続で渋谷芸術祭と日にちが重なりましたが、地元商店会の方々の協力を得て、芸術祭仕様のステージをお借りし て、スタートセレモニーを開催しました。また渋谷管内に運営事務所を持つ「全国福祉未来ネットワーク」(大学生と社会人で構成する団体)と「NPO法人ピアサポートネットしぶや」の皆さんにもご協力をいただき、セレモニーの運営や、啓発グッズの配布などもしていただきました。渋谷区PRキャラクター「あいりっすん」も登場、ゲストランナー甲斐英幸さん(子ども虐待防止日本一周マラソンランナー)も都心コースに参加し、一緒にスタートをきりました。なお「全国福祉未来ネットワーク」と「NPO法人ピアサポートネットしぶや」の皆さんとは、たすきリレー以外でも、11/19〜12/3 までの2週間、クリエーションスクエアしぶや(渋谷マークシティー4F)にて、パネル展示 と啓発グッズの配布を一緒に行うなどして、オレンジリボンキャンペーンを展開しました。第2中継所は東京タワーです。毎年恒例となったライブリレーが行われる中、タスキがつながれました。 外国の観光客が多く、とても興味を示しておられました。

第3中継所の品川児童相談所では、ランナー到着2時間前には、虐待防止啓発キャンペーンを実 施しました。品川区の職員と品川児童相談所の職員の計15名で近くの駅前や児相周辺に於いて「虐待防止」「たすきリレー」のビラやグッズを配布しました。用意した200部は30分足らずでなくなるほどの盛況でした。リレー応援の為に、品川区の民生児童委員・主任児童委員さん35名もオレンジ色の虐待防止のウインドブレーカーを着て加わり、沿道で色鮮やかな風船を持ってランナーの到着を待ちました。ランナーが見えてくると風船を打ち振り、大声援で迎えました。品川児童相談所内でたすきの受け渡しが行われ、応援の為に来所した他児相の職員15名も加わり大勢の笑顔、声援、 拍手の中で次のランナーたちは、第4中継所を目指して走り出しました。


もうすぐ品川中継所に到着だ!
第4中継所は大田区立大森スポーツセンターです。ここでは、たすきリレーに合わせて、大田区子ども家庭支援センターが主催で、親子応援イベント「みんなでつなげよう!オレンジリボン」が開催されました。参加親子は、ピアノとバイオリンの生演奏とふれあい遊びを楽しんだあと、家族 で参加記念手形をとるなど楽しんでいました。ランナーが到着すると、大きな声援と拍手が送られました。参加した親子と一緒に児童虐待防止を唱える一日となりました。

次の中継所はユースキン製薬株式会社です。ここでは正午から本社周辺でウェットティッシュや保湿クリームなどの啓発グッズを300セット配布いたしました。1時ごろランナーが到着、社のガレージの中でたすきが中継されました。川崎市役所、里親会の方々をはじめ、近隣の住民の方々、 社員の方々が応援にかけつけ、大声援の中、ランナーを迎え、また見送りました。区間を完走され たランナーには、ユースキン製薬株式会社社長から完走賞が渡されました。鶴見中継所以降からセブンイレブン横浜浦島町店を中継しゴールに向かいます。今年もゲストランナーとして、ボクサーの元東洋チャンピオン坂本さんが参加されました。

―中継所が最多の鎌倉・三浦・横須賀コース―


鎌倉start風景
鎌倉・三浦・横須賀コースは、恒例となった鎌倉高徳院からのスタートです。スタートセレモニーでは、松尾鎌倉市長、神奈川県石川次世代育成部長、高徳院の佐藤住職からご挨拶をいただいた後、鎌倉の大仏に見送られて22名のランナーが走り出しました。また高徳院では、鎌倉市のキャン ペーンに鎌倉女子大学の学生がボランティアで参加し、子ども虐待予防を呼びかけました。ランナーたちは児童養護施設鎌倉児童ホームを経由し、迎える施設の子どもたちとハイタッチをして鶴岡八幡宮に向かいました。ランナーの中には鎌倉松尾市長もおられます。鶴岡八幡宮では、松尾市長 から逗子平井市長にたすきが渡され、他のランナーたちも一斉に引き継がれました。第2中継所は今年から設定された逗子第一公園です。ここでは逗葉高校のバンド演奏とキッズダンスが行われ、 賑やかな中継となりました。次の中継所の森戸神社から横須賀中央駅前広場までのコースでは、葉山町山梨町長が参加されました。またこの区間では葉山商工会議所主催によるビッグ葉山マーケッ ト入口でキャンペーンが行われ、児童養護施設幸保愛児園の子ども達が大勢沿道でランナーに声援を送ってくれました。


横須賀中央駅前中継所 ランナーとキャラクター
鎌倉・三浦・横須賀コースではもう一のコースとして特別三浦コースがあります。そのスタート地点がマホロバマインズ三浦です。ここでは三浦市吉田市長も参加され、盛大にスタートセレモニーが行われました。神奈川県食育キャンペーンマスコット「かなふぅ」も大活躍です。顔は中華まん、頭に三浦ダイコンが生え、手には三崎のまぐろを持っているという不思議なゆるキャラです。 特別三浦コースは次の京急久里浜駅前商店街中継所を経て、横須賀中央駅前広場で、鎌倉からのコースと合流です。ここでは昨年も盛り上げてくれたアフリカ太鼓「ホンキートンク」が参加し、知的障害のある方と親御さんによる太鼓演奏が繰り広げられました。太鼓が響き渡る中、両コースか ら28人のランナーが集結。たすきが渡されました。横須賀市吉田雄人市長もランナーとして参加、 三浦2区と5区併せて14.7kmを走破されました。児童養護施設春光学園の多数の幼児さんが、「吉田市長がんばれ」と書いたプラカードを持って応援に大活躍でした。市長も感激のようでした。合流したランナーはセブンイレブン横浜片吹店で中継。ここでは、金沢区の民生児童委員の方が多数参加され応援、またセブンイレブン本社の方からもご挨拶を頂きました。第7中継所は磯子センター前です。ここでは磯子まつり「ふくしの広場」開催されており、その賑わいのなか中継が行われ ました。最後の中継所は横浜市中央児童相談所です。ランナー参加の保育園等の関係者が多数応援 に駆けつけてくれました。さあ、ランナーが向かうは山下公園のゴール会場です。今年のランナーは総勢で 500 名を超え、児童福祉関係者から一般企業の方々まで多彩な顔ぶれが 集まりました。晴天であったこともあり、ランナーは少しきつかったかもしれませんが、今までで 一番充実したたすきリレーだったように思います。

3.にぎわうゴール・イベント会場


ネリマックス ガッツでいこう!


横浜市立相武山小学校の皆さん
ゴール地点である山下公園では、午前 11 時から子ども虐待防止啓発のためのイベントが開催され ました。敷地内に各団体がブースを展示し様々な活動を行いました。ステージ上では、音楽、パン トマイム、ダンス、ヒーローショーなどの多彩なプログラムが展開しました。昨年からこのブース を充実させることに力を入れてきましたが、今年のブースも昨年を上回る内容となり、大勢の方が 足を運んでくれました。ゴール会場のブース数は全 17 ブースで、その多くが子どもたちが楽しめる 場を意識して設置されています。クロバー株式会社提供のニット工芸、Bloom N とクラフト工芸家 川口先生による樹脂粘土アートは子どもたちに大人気のブースで、今年も大勢の子ども達が作品作りを楽しみました。さらに、セブンイレブン提供の絵本の読み聞かせ、子どもセンターてんぽによ る缶バッチの作成、NPO 法人 CROP.-MINORI による懐かしの子どもの遊び、横浜市主任児童委員 連絡会の作って遊ぶ風船ロケット、横浜市こども青少年局のキャッピーと遊ぼうなど、子ども達が 楽しく過ごせるよう工夫を凝らし多彩な内容となりました。また NKKシームレス鋼管のコーヒーコーナー、中の丸上町内会の焼きそば、神奈川県によるみ かんの提供や、ユースキン製薬によるハンドマッサージもあり、子どもも大人も皆で楽しめる会場になりました。

終日人の流れが絶えませんでした。お楽しみのブースだけでなく、本来の目的である児童虐待防止の啓発として、児童虐待の現状や虐待防止に向けた取り組みを知っていただこうと、実行委員会本部、神奈川県、横浜市子ども青少年局、神奈川県母子生活支援施設協議会、社会福祉事業財団、全国児童家庭支援センター協議会などでは、児童虐待の定義、児童相談所における児童虐待対応件数の推移、オレンジリボンの由来をはじめ、これに取り組む各機関の紹介などの情報提供のコーナーを設けました。


祈りのフレンドシップキルトの皆さん
また参加型の啓発運動企画として、NPO 法人カンガルーOYAMA による小さなリボンを来園者に つけていただき大きなリボンを作成するコーナーや、鎌倉の仏様にたすきを献上しようとはじめた 「祈りの Friendship キルト」のブースは今年も設置されました。2cm×7 cm 四方の布ピースに来 場者にメッセージを書いていただき、それを 1 枚 60cm×120cm の大きさのキルトに仕立て、さら にそれらをつなげて 16m ほどの大タスキを作ろうという企画のブースです。今年で 4 年目ですがほ ぼ完成してきました。とても大きな美しいたすきに仕上がりそうです。 また会場内では横浜市のゆるキャラ「キャッピー」や神奈川県のゆるキャラ「かながわキンタロウ」 をはじめに、多様なキャラクターが会場内を歩き回り、イベントを盛り上げました。その中には練 馬の「イクメン戦士ネリマックス」もいます。ネリマックスとは、東京都練馬区を拠点とした、現 役パパたちによる育児支援団体である練馬イクメンパパプロジェクト(通称「ねりパパ」)と共に一 緒に地域交流の活性化を目指すヒーロー戦士です。今年も駆けつけていただき、ステージショーも していただきました。 ステージでは、恒例となったプーカさんのライブ、栗ちゃんと仲間たちのパントマイム、そしてイ チゴパフェの親子コンサートが行われました。親子コンサートでは横浜市立相武山小学校のダンス チームが今年も参加、パフォーマンスに皆を楽しませてくれました。イベント会場は終日大勢の人たちが来場され、今までにない盛り上がりでした。また特に親子づれの家族が目立ち、主催者として嬉しい限りでした。

4.充実のゴール

ステージ上で小林美智子大会会長のあいさつが終わるころ、各コースのランナーたちが山下公園 の西口に集まりました。集結した 3 コースのランナーたちは総勢 70 名ほどとなりました。これから 山下公園の東側にある石のステージに向かって、そこまで通じている公園内の海側の道と内陸側の 道(約 700 メートル)の二手に分かれての最後の走りです。ゆっくりとイベント会場のゴールに向 かいます。皆笑顔です。公園を訪れた多くの方に見守られながら走ります。石のステージ前では、20 メートルほどに張られたオレンジ色のゴールテープがランナーを待ちます。


各地に広がるたすきの輪
3 時 40 分、一斉にゴール! ランナーも会場で迎えた人たちも笑顔、笑顔、笑顔です。招待ランナーの坂本ボクサーと甲斐さんをはじめとして、各コースの代表ランナーに小林美智子大会長から完走賞が渡されました。そして私たちのたたすきはこの後開催が予定されている岐阜県と名古屋市の代表の方に手渡されました。たすきリレーを実施する地域も増え、高知県、鳥取県、山口県でも開催されます。たすきの懸け橋は確実に広がっています。


増沢実行委員長より井上さんへ激励
そんな中、一人のランナーが児童虐待防止とオレンジリボンたすきリレーの啓発のために全国 1 万キロの走破を目指して走ることとなりました。たすきリレーに第 1 回目から都心コースを全区走 破してきた井上幸夫さんです。「本当に大丈夫?」と心配の声が多かったのですが、井上さんの意志は固く、走ることを決意したのです。ホームページもご自身で作られました。ぜひご覧ください (http://orange-tasuki-jp.jimdo.com/)。井上さんは今年も都心コースを全区走破されました。ゴー ル会場がそのままスタート地点となったわけです。そのタフさには脱帽です。「頑張ります」との挨拶の後、井上さんは会場の皆にハイタッチされながら、静岡、名古屋方面に向かって走り始めま した。井上さんの無事を祈ります。決して無理をなさらないでくださいね。井上さんを見かけたら 応援をよろしくお願いいたします。

ゴールセレモニーを終え、会場を訪れた方は帰路につかれました。実行委員やボランティアの皆 さんが会場の撤収を終えた時には 5 時をまわり、辺りはすっかり暗くなっていました。港に定着し ている氷川丸の汽笛が響いています。祭りの後のような静けさ、寂しさは、今日が最高に盛り上が った一日だったことを改めて感じさせてくれました。

謝辞

まず、たすきを身につけて走っていただいたランナーの皆さまとキャンペーン会場で歌やトークをしていただきました皆様に感謝申し上げます。 次の方々には財政面での支援をしていただきました(敬称略)。公益財団法人資生堂社会福祉事業財団、公益財団法人未来のつばさ財団、(財)神奈川新聞厚生文化事業団、(株)ガリバー、ポッカ サッポロフード&ビバレッジ(株)、(株)セブン-イレブン・ジャパン、ユースキン製薬(株)、一 般社団法人東京キワニスクラブ、カードショップカリントウ、司法書士法人 星野合同事務所、(株) whitedesign、かながわ信用金庫、湘南信用金庫、神奈川県生命保険協会、公益社団法人神奈川県宅 地建物取引業協会横浜南部支部、神奈川県保険医協会、用賀おたふく、用賀カイト、上野毛伊仙、 エヌケーケーシームレス鋼管(株)、(株)伊藤園、湘南ヤクルト販売(株)、クロバー(株)、(有) 東京仁藤商店、ほか。また、子どもの虹情報研修センターで行われる研修期間中に募金をお願いし たところ多くの方々が協力をしてくださいました。ありがとうございました。

次にあげさせていただく後援の機関、団体の方々からは、大きなご支援をいただきました(敬称略)。

厚生労働省、東京都、神奈川県、神奈川県警察、横浜市、川崎市、鎌倉市、渋谷区、大田区、 品川区、逗子市、横須賀市、三浦市、茅ヶ崎市、平塚市、葉山町、二宮町、栃木県小山市、神奈川 県社会福祉協議会、全国児童相談所長会、神奈川県児童福祉施設協議会、神奈川県母子生活支援施 設協議会、神奈川県保険医協会、神奈川県教育委員会、東京都社会福祉協議会、横浜市ファミリーホーム連絡協議会、川崎市あゆみの会、(財)神奈川新聞厚生文化事業団、(株)資生堂、鎌倉高徳 院、渋谷忠犬ハチ公銅像維持会、一般社団法人東京キワニスクラブ、彩樹園、鎌倉力車(株)、プラ ネス、その他の団体。大変ありがとうございました。

スタートや中継所等の設定にご協力をいただきました(敬称略)。心泉学園、エリザベスサンダー スホーム、遊行寺、西横浜国際総合病院、横浜市立永野小学校、永谷連合町内会、港南区民生・児 童委員、馬入ふれあい公園、茅ヶ崎高校、セブンイレブン茅ヶ崎本村 3 丁目店、(株)湘南ベルマー レ、渋谷忠犬ハチ公銅像維持会、渋谷区子ども家庭支援センター、東京都児童相談センター、東京 タワー、泉岳寺、品川児童相談所、品川区民生・児童委員、大田区子ども家庭支援センター、大田 区立大森スポーツセンター、大田区民生・児童委員、ユースキン製薬(株)、川崎市あゆみの会、鶴 見区役所、セブンイレブン横浜浦島町店、鎌倉高徳院、鎌倉児童ホーム、鶴岡八幡宮、葉山町商工 会、森戸大明神、サンビーチ追浜、セブンイレブン横浜片吹店、横浜市中央児童相談所、イセザキ・ モール 1・2St.、協同組合伊勢佐木町商店街、ホテルマホロバマインズ三浦、久里浜商店会協同組合、 team 黒船、しらかば子どもの家、春光学園、幸保愛児園、三浦しらとり園、金沢区民生・児童委員、 磯子区民生・児童委員、横浜市磯子センター、ほかに心から感謝申し上げます。

次にあげさせていただく方々には、キャンペーン会場でブースを設置していただくなど会場を盛 り上げていただきました(敬称略)。また、キャンペーン会場でリボンやチラシを配るなどのボラン ティア活動をしていただきました。神奈川県、おおいそ学園、公益財団法人資生堂社会福祉事業財 団、(株)セブン-イレブン・ジャパン、全国児童家庭支援センター協議会、横浜市こども青少年局、 横浜市民生委員児童委員協議会横浜市主任児童委員連絡会、カンガルーOYAMA、NPO 法人 CROP.-MINORI、神奈川県母子生活支援施設協議会、NPO 法人子どもセンターてんぽ、ユースキ ン製薬(株)、エヌケーケーシームレス鋼管(株)、栗原さんをはじめとするパントマイマーの皆様、 高田馬場・ジェットロボット、こくぶともみさん、坂本博之さん、プーカ、イチゴパフェ、横浜市 立相武山小学校、東京都社会福祉協議会児童部会従事者会、鎌倉市役所、鎌倉女子大学・鎌倉女子 大学短期大学部、横須賀市役所、関東学院大学・明治大学・白梅学園大学・日本社会事業大学など 学生の皆さん、港南区社会福祉協議会、NPO 法人国境なき楽団、Bloom N、日清アソシエイツ(株)、 全国福祉未来ネットワーク、戸塚区民生・児童委員ほか。また、ご寄付をいただいた方々その他こ のイベントにご支援ご協力をいただいた方々に深く感謝いたします。

そして、2011 年から始まったプロジェクト「祈りの『Friendship』キルトたすき」の製作では、 キルト作家若山雅子さんをアドバイザーに、勝山泰江さん、荒井美夏さんとその仲間たちにご尽力 いただきました。心より感謝申し上げます。

第7回『子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレーを終えて」

実行委員長 増沢 高

1.台風の大量発生

今年の秋は例年になく多くの台風が発生しました。今年の夏は暑く、上昇した太平洋の海水温度がなかなか下がらないことが直接の原因のようでした。10月になっても台風が毎週のように発生し、日本に上陸、接近しては数々の傷跡を残しました。今年の台風は数だけでなくその規模も大きく、大きな傷跡を残しました。特に伊豆大島の台風による土砂災害は甚大な被害をもたらしました。亡くなられた方へのご冥福と、大島町の少しでも早い復興をお祈りいたします。

心配したのはその直後にも2つもの台風がほぼ同時に発生したことです。互いに影響をもたらしながら日本に接近する恐れが報じられ、日本中がその動向に注目し、台風の接近に備えました。それは私たちの第7回子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレー開催の1週間前のことでした。

当初の予報では、週末にかけて接近、日曜日は晴れとの予報でしたが、月曜日には雨の予報と変わりました。台風の遅い動きが予報を変えたのです。さすがに今年は初めての中止を覚悟しました。多くのイベントが週末を待たずに中止を宣言し始めました。たすきリレーは、正直これまでもあまり天気に恵まれてはいませんでした。イベント当日の台風の直撃予報は前々回にもあったことで、「またか」という思いでした。ただ、こうした悪天候を繰り返し経験したおかげで雨天時の連絡網がきっちりと整備されていました。当日の早朝ぎりぎりに実施の判断をし、連絡を回すこととしました。

半ばあきらめかけ週末を迎えようとしていました。ところが台風が北上し偏西風に乗ったとたんみるみるスピードを速め、土曜日の早朝に関東地方をそれるように通過した後は、ぐんぐんと離れていったのです。土曜日の3時には雨も上がり、翌日の朝は、雲一つないさわやかな秋晴れとなりました。

2.青空のもと、元気に駆けるランナーたち


都心コース


鎌倉・三浦・横須賀コース


湘南コース
今年も3つのコースでたすきが引き継がれました。渋谷駅ハチ公前広場からの都心コース(全9区)、神奈川県二宮町にある児童養護施設心泉学園からの湘南コース(全7区)、鎌倉高徳院(鎌倉の大仏)からと三浦市マホロバマインズからの鎌倉・三浦・横須賀コース(全12区)です。三浦市のスタートは当初の予定では城ケ島からだったのですが、台風の影響が残ることを懸念し、三浦市マホロバマインズからとしました。

新しい中継所もでき、各中継所でも活発に啓発活動が行われました。新しく加わった中継所は、都心コースの第6中継所として、ユースキン製薬(株)、鎌倉・三浦・横須賀コースの第4中継所として木古庭児童館、そして第8中継所として磯子センターの3か所です。

都心コースでは、スタート地点での渋谷ハチ公前広場で、渋谷区子ども家庭支援センターと一緒にスタートセレモニーと共にチラシの配布などの啓発ができました。さらにここ渋谷では、たすきリレーを終えた後も啓発活動を行いました。ハチ公像の前にあるアオガエルの車両内で10月29日から11月14日まで児童虐待防止に関するポスターや資料等の展示を行いました。アオガエルとは1954(昭和29)年に製造され、東横線を走っていた東急5000系の先頭車両のことで、引退後の2006年(平成18年)にここに設置されました。色と形から「アオガエル」と市民から親しまれている車両なのです。また、渋谷マークシティ4F「クリエーションスクエアしぶや」では、児童虐待防止全国ネットワーク・オレンジリボン事務局との共催で、渋谷区子ども家庭支援センターと東京都児童相談センターの協力を頂き、11月19日から12月10日までオレンジリボンに関するパネル展示と啓発グッズを配布しました。一連のイベントを行うにあたって、渋谷区商工課・渋谷区観光連盟のご理解とご協力を多分に頂きました。この紙面をお借りして感謝申し上げます。第3中継所の東京タワーでは毎年恒例のミュージックリレーが行われました。午前10時から、原宿ライブハウス・ジェットロボットの協力によるインディーズ系アーティスト11組によるライブリレーが行われました。東京タワーに到着したランナーは、音楽と集まった人たちの歓声に迎えられました。第4中継所の品川児童相談所では、民生主任児童委員さんが多数集まって盛大に啓発活動が行われました。児童相談所が中継所になるのは、全3コースでここ品川児童相談所と鎌倉・三浦・横須賀コースの横浜市中央児童相談所の2か所です。第5中継所の大田区大森スポーツセンターでは、大田区子ども家庭支援センターの方々が中心にリボンの配布等、啓発を行いました。今回が初となる第6中継所のユースキン製薬(株)では、ハンドマッサージの提供を始め、センターホールを開放しての啓発が行われ、近隣の方々が多数集まってこられました。なお、たすきリレーの後もユースキン製薬(株)のギャラリーには、子ども虐待防止関連のポスター、パネル等が展示されました。近隣の方々の手作りによるオレンジリボンのパネルです。第8中継所はセブンイレブン横浜浦島町店です。セブンイレブンは全3コースそれぞれに必ず1か所設定されました。中継所には児童福祉施設、児童相談所、学校、病院、神社仏閣、役所などと多彩ですが、セブンイレブンやユースキン製薬(株)といった一般企業が協力していただくことは、児童虐待防止の市民への啓発にとってとても大きな力となります。


ランナーと子どもたちの声援(湘南コース)
湘南コースは、スタート地点の心泉学園では、二宮町長もお越しいただき子ども達の声援の中でスタートセレモニーが行われました。学園の正門には、二宮市民が作られたいくつもの千羽鶴が飾られ、その下を選手たちがスタートしていきました。第5中継所は西横浜国際病院です。全コースで唯一の病院で、医師や看護師さんのご協力を頂いています。第6中継所は永野小学校です。学校が中継所になっているところも全コースでここが唯一です。毎年バザーと併せて中継セレモニーが行われており、この日も会場には多数の親子や先生方がおられました。大声援とブラスバンドの演奏に包まれてのリレーでした。これには港南区の民生委員・主任児童委員の方々の支援が第1回目からずっとあってできていることです。今年はさらに上大岡駅前で、チラシの配布など積極的に啓発を行っていただけました。


中継点 太鼓イベント(鎌倉・三浦・横須賀コース)
鎌倉・三浦・湘南コースの中継所も多彩でした。鎌倉の大仏のある高徳院では、鎌倉女子大学短期大学部の学生の皆さんの協力も得て、鎌倉市が虐待防止のキャンペーンを行いました。第2中継所の逗子市役所では、逗子市職員によるバンド演奏がありました。第3中継所の森戸神社では、葉山町長を中心に葉山警察署による振り込み詐欺防止キャンペーンと併せて啓発を行いました。特別三浦コースのスタートは、台風の影響で城ケ島からマホロバマインズになりました。県の食育マスコット「かなふぅ」が登場するなどして、第2中継所の京急久里浜駅前商店街と共に、市の職員と市民が一緒になって啓発が行われました。鎌倉からと三浦からのコースが合流する横須賀中央駅前中継所では、アフリカ太鼓ホンキートンクの演奏があり、大勢が詰めかけ、盛大な啓発イベントとなりました。今回から新しく加わった第8中継所として磯子センターでは、センターの祭りが行われており、祭りとコラボしての賑やかな中継となりました。


たすきをかけるシンガー庄野真代さん
様々な中継所で彩られた3つのコースを各区十数名のたすきをつけたランナーが隊列を作り走行、ゴール会場である山下公園に向けたすきをつなぎました。たすきには、「子どもに明るい未来を」と「STOP!子ども虐待」の文字が刻まれています。また小山市や滋賀県から受け継がれたたすきも一緒に身に着け、つないでいきます。さらに韓国からも児童虐待防止のたすきが送られてきました。韓国でも11月が児童虐待防止の啓発月間で、イエローリボンキャンペーンとして実施されているそうです。今年の9月に大阪で行われたIFCO(里親世界大会)の際に韓国・慶尚南道社会福祉士協会会長パク(朴)ソンウク氏(PARK SUNG-UK)にお会いしました。互いに児童虐待防止の活動を行っていることを知り、私たちのたすきをお渡ししたところ、韓国からもたすきを届けてくださったのです。もちろんこのたすきも一緒に身に着け、つなぎました。

今年のランナーの数は500名を超え、児童福祉関係者から一般企業の方々まで多彩な顔ぶれが集まりました。毎年参加されるボクサーの元東洋チャンピオン坂本さんや、昨年素晴らしい歌声で人々を会場に惹きつけ、釘付けにしたシンガー・ソングライターの庄野真代さんもこの中に加わり、元気に走られました。

3.充実のゴール会場


ゴール会場
今回のイベントで力を入れた一つがゴール会場のブースの充実です。啓発のためには、多くの市民の方々に来場していただく必要があります。そのためにどうしたらよいか、実行委員会でずっと検討してきたことでした。まず考えたことが、子どもにとって魅力的な会場にしようということです。子ども虐待防止は、子どもを育てる大人に伝えなくてはならないことです。しかし、啓発活動の主役は子どもです。子ども達がたくさん来場できるよう会場の充実に努めました。子どもの遊び場や工作など、子どもが楽しく過ごせる場を増やしました。ゴール会場のブース数は全17ブースですが、その多くを子ども達のためのものとしました。クロバー(株)提供の手作りキットの数々、川口紀子先生(Bloom.N)による樹脂粘土アート、(株)セブンイレブン・ジャパン提供の絵本の読み聞かせ、楽天生命保険(株)・未来のつばさ財団提供の景品付き輪投げ、NPO子どもセンター「てんぽ」による紙芝居、NPO CROP.-MINORIによる懐かしの子どもの遊び、横浜市主任児童委員連絡会の作って遊ぶ風船ロケット、横浜市こども青少年局のキャッピーと遊ぼうなど、多彩な内容となりました。それぞれのブースが練りに練って考えたものばかりです。またNKKシームレス鋼管(株)のコーヒーコーナー、中の丸上町内会の焼きそば、神奈川県によるみかんの提供や、ユースキン製薬(株)によるハンドマッサージもあり、子どもも大人も楽しめる会場になりました。ブースによっては長い行列のできるものもあり、終日人の流れが絶えませんでした。


ネリマックスも応援
また会場内ではキャッピーをはじめ、いくつものキャラクターが会場内を歩き回り、イベントを盛り上げました。その中には練馬のイクメン戦士ネリマックスもいます。ネリマックスとは、東京都練馬区を拠点とした、現役パパたちによる育児支援団体である練馬イクメンパパプロジェクト(通称「ねりパパ」)と一緒に地域交流の活性化を目指すヒーロー戦士です(http://neripapa.jimdo.com/ )。このイベントのために練馬から駆けつけてくれました。ステージ上では、恒例となったプーカさんと成田圭さんのライブはもちろん、栗ちゃんと仲間たちのパントマイム、そして今年はみるとさんのオカリナ演奏とイチゴパフェの親子コンサートが行われました。親子コンサートでは横浜市立相武山小学校のダンスチームが参加し、見事なダンスパフォーマンスを見せてくれました。

イベントは午前11時からランナーがゴールする午後3時半ごろまで行われましたが、終日大勢の人たちが来場され、今までにない盛り上がりでした。また特に親子連れの家族が目立ちました。このことは我々の目指していたところでもあり、とても嬉しかったことの一つとなりました。


祈りのfriendshipキルト作成スタッフの皆さん
東日本大震災サポートプロジェクト・子ども達の未来を祈る企画である「祈りの『Friendship』キルト」の製作コーナーは今年も設置されました。2cm×7 cm四方の布ピースにメッセージを書き込み、それを1枚60cm×120cmの大きさのキルトに仕立て、さらにそれらをつなげて16mほどの大たすきを作ろうという計画です。これは鎌倉の大仏に掛けられるほどの大きさを想定してのものです。夢の大計画です。5分の2ほど完成したところです。とても美しく、参加された皆さんの気持ちがこもっています。今年の児童虐待防止推進月間では、厚生労働省の玄関にこの未完のキルトが展示されました。

4.笑顔のゴール


ゴールの瞬間
ステージ上で成田圭さんのコンサートが終わりを迎える頃、各コースのランナーたちが山下公園の西口に集結しました。山下公園は海岸に沿って700メートルほど横に伸びた公園です。イベント会場はランナーの集まった場所のちょうど反対側で、海岸に定置した氷川丸とマリンタワーに挟まれた辺りとなります。集結した3コースのランナーたちは総勢60名ほどとなり、ゆっくりとイベント会場のゴールに向かいます。カンガルーOYAMAが毎年行っているオレンジリボンを貼り合わせて作る大きなオレンジリボンオブジェも完成し、掲げられました。20メートルほどに張られたオレンジ色のゴールテープがランナーを待ちます。

そして、ゴール!

ゴールを切ったランナーは今年も皆笑顔でした。会場で迎えた人たちも笑顔です。たくさんの笑顔はそれだけで感動です。各コースの代表ランナーに小林美智子大会会長から完走賞が渡された後、私たちのたたすきは次の週に開催が予定されている岐阜県たすきリレーの長繩実行委員長に手渡されました。小山市のたすき、滋賀県のたすき、そして韓国のたすきももちろん一緒にです。たすきリレーを実施する地域も増え、たすきはこの後岐阜県から山口県、そして今年から新たに行われることとなった高知県と宮崎県にもつながっていきます。さらには韓国の虐待防止のキャンペーンにも我々の活動が紹介され、たすきが披露されるそうです。たすきの懸け橋は確実に広がっていることを実感します。

5.ホームページの充実

今年もう一つ力を入れたことがあります。それはホームページです。これまでもホームページはあったのですが、より多くの情報を発信する拠点として充実を図りました。

今年の春、世界的な活躍をされてきた、ある女性とお話をする機会に恵まれました。途上国の開発支援や、女性の人権と子育ての現状の改善を願い発信されている方です。私たち数名のスタッフと2時間ほどの会談だったのですが、日本の児童虐待現状と課題についてお話をし、意見を交わしました。その中で、啓発活動にはSNS(Social Networking Service)が非常に有効と、様々な例を取り上げ話されました。実を言うと私をはじめ、実行委員の多くはSNSとかフェイスブックとか言われてもピンとこず、ガラパゴス携帯で十分と考えがちだったので、自分たちの無知さに少しばかり恥ずかしい思いがしました。実行委員会のメンバーの多くが、知らない人たちとつながるよりもリアルに出会い話をする人間関係を好む、宴会大好きな人間たちの集まりでもあり、そうした情報化に抵抗感があるのも事実でした。ですから実際に皆で走り、汗をかき、走り終えた感動を分かち合いながら、共に虐待の防止と子どもの明るい未来を願うというたすきリレーのコンセプトが好きなのです。しかしどれほどの啓発の効果がこのイベントにあるかと問われると、確かに首を傾けざるを得ません。そこでホームページを充実させ、そこにフェイスブックを組み込み、随時発信して双方向でのやり取りを拡大させることに、まずは取り組んでみようということになりました。

それ以降、実行副委員長の佐々木さんが9月にはホームページを刷新。情報も濃くなりました。フェイスブックも組み込みました。ただ問題は、組み込んだものの投稿する委員は少なく、「いいね」のクリックがほとんどない状態が続きました。フェイスブックの得意な委員が他の委員を口説いたり、教えたり、教科書を買い与えたりしながら、少しずつフェイスブックへの参加者が増えていきました。すると面白いことに、それぞれの友人づてに広がるのでしょう、みるみる閲覧者が増えていきました。しかも知り合いからの情報なので、随分と興味を持ってみていただけるのです。「なるほど、こういうことなのか」と実感しました。同時に興味を持ってもらえる質の高い情報を届けたいという気持ちも湧いてきました。これを執筆している現在、ホームページへの「いいね」は191です。まだとてもちっぽけな数字ですが、この数がどれだけ増えていくのか楽しみです。

子ども虐待はマイナーな一部の特殊な問題として扱われがちです。家庭で暮らすことが難しくなって施設や里親宅で暮らす子ども達は約4万5千人です。これは日本の全児童人口の0.2%にすぎません。ゆえに悲惨な虐待事件があるときは騒がれても、すぐに忘れ去られ、社会全体の問題としてなかなか共有されにくくあります。そう考えると「いいね」の191はこの問題に対する社会の関心度の実際のところなのでしょう。オレンジリボンの周知がなかなか広がらないことをみてもそういうことなのだと思います。ただ逆に発信し続けなくてはならないという使命感を抱くようになりました。191からが始まりなのだと自覚し、委員の心はもう来年に向かっています。

謝辞

まず、たすきを身につけて走っていただいたランナーの皆さまとキャンペーン会場で歌やトークをしていただきました皆様に感謝申し上げます。

次の方々には財政面での支援をしていただきました(敬称略)。NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク、資生堂社会福祉事業財団、楽天生命保険(株)、(財)神奈川新聞厚生文化事業団、(株)ガリバー、ポッカサッポロフード&ビバレッジ(株)、(株)セブン-イレブン・ジャパン、ユースキン製薬(株)、一般社団法人東京キワニスクラブ、カードショップカリントウ、星野合同事務所、三浦藤沢信用金庫、湘南信用金庫、神奈川県生命保険協会、神奈川県保険医協会、用賀おたふく、用賀カイト、上野毛伊仙、上野毛・小川グループ、上野毛川ちゃん、上野毛輪、上野毛Barber川田、エヌケーケーシームレス鋼管(株)、(株)伊藤園、湘南ヤクルト販売(株)、クロバー(株)その他の団体。心より感謝申し上げます。また、子どもの虹情報研修センターで行われる研修期間中に募金をお願いしたところ多くの方々が協力をしてくださいました。ありがとうございました。

次にあげさせていただく後援の機関、団体の方々からは、大きなご支援をいただきました(敬称略)。厚生労働省、東京都、神奈川県、神奈川県警察、横浜市、川崎市、鎌倉市、渋谷区、大田区、逗子市、横須賀市、三浦市、茅ヶ崎市、栃木県小山市、葉山町、二宮町、神奈川県社会福祉協議会、全国児童相談所長会、神奈川県児童福祉施設協議会、神奈川県母子生活支援施設協議会、神奈川県保険医協会、神奈川県教育委員会、東京都社会福祉協議会、横浜市ファミリーホーム連絡協議会、川崎市あゆみの会、(財)神奈川新聞厚生文化事業団、(株)資生堂、鎌倉高徳院、渋谷忠犬ハチ公銅像維持会、アン基金プロジェクト、一般社団法人東京キワニスクラブ、彩樹園、鎌倉力車(株)プラネス、その他の団体。大変ありがとうございました。

スタートや中継所等の設定にご協力をいただきました(敬称略)。心泉学園、エリザベスサンダースホーム、セブンイレブン茅ヶ崎サザンビーチ店、茅ヶ崎ファーム、遊行寺、西横浜国際総合病院、横浜市立永野小学校、永谷連合町内会、港南区民生・児童委員、渋谷忠犬ハチ公銅像維持会、渋谷区子ども家庭支援センター、東急東横店、東京都児童相談センター、東京タワー、泉岳寺、品川児童相談所、品川区民生・児童委員、大田区大森スポーツセンター、大田区子ども家庭支援センター、大田区民生・児童委員、ユースキン製薬(株)、川崎市あゆみの会、鶴見区役所、セブンイレブン横浜浦島町店、鎌倉高徳院、鎌倉児童ホーム、鶴岡八幡宮、逗子市役所、葉山町商工会、森戸大明神、横須賀市役所、サンビーチ追浜、セブンイレブン横浜片吹店、横浜市中央児童相談所、伊勢佐木町1・2丁目地区商店街振興組合、協同組合伊勢佐木町商店街、城ケ島観光協会、ホテルマホロバマインズ三浦、久里浜商店会協同組合、team黒船、幸保愛児園、金沢区民生・児童委員、磯子センター、に心から感謝申し上げます。

キャンペーン会場でステージやブースを設置していただくなど会場を盛り上げていただくとともに、リボンやチラシを配るなどのボランティア活動をしていただきました。神奈川県、おおいそ学園、資生堂社会福祉事業財団、(株)セブン-イレブン・ジャパン、全国児童家庭支援センター協議会、横浜市こども青少年局、横浜市民生委員児童委員協議会横浜市主任児童委員連絡会、カンガルーOYAMA、NPO法人CROP. -MINORI、神奈川県母子生活支援施設協議会、NPO法人子どもセンターてんぽ、ユースキン製薬(株)、エヌケーケーシームレス鋼管(株)、中の丸上町内会、栗原さんをはじめとするパントマイマーの皆様、原宿ライブハウス・ジェットロボット、成田圭さん、坂本博之さん、プーカ(土田聡子・川北愛子)さん、みるとさん、イチゴパフェさん、総合司会の島田薫さんと永井美佐江さん、横浜市立相武山小学校、東京都社会福祉協議会児童部会従事者会、鎌倉市役所、横須賀市役所、鎌倉女子大学・鎌倉女子大学短期大学部・関東学院大学・白梅学園大学・明治大学など学生の皆さま、港南区社会福祉協議会、戸塚区民生・児童委員、楽天生命保険(株)・未来のつばさ財団、NPO法人国境なき楽団、Bloom.N、日清アソシエイツ(株) またご寄付をいただいた方々、その他このイベントにご支援ご協力をいただいた方々に深く感謝いたします。

また、4年目となった渋谷区2箇所(渋谷ハチ公前の「青ガエル」・渋谷マークシティ4F「クリエーションスクエアしぶや」)においての啓発キャンペーン活動に際して、渋谷区商工課、渋谷区観光協会の方々にご協力いただきました。ありがとうございました。

そして、一昨年から始まった新プロジェクト「祈りの『Friendship』キルト」の製作では、キルト作家若山雅子さんをアドバイザーに、勝山泰江さん、荒井美夏さんとその仲間たちにご尽力いただきました。心より感謝申し上げます。

第6回『オレンジリボンたすきリレーを振り返って~つなぐ願い~」

実行委員長 増沢 高

1.6回目を迎えたたすきリレー

6年前になります。「オレンジリボンをたすきにして、あの東京箱根駅伝のようにたすきをつなげて子ども虐待防止をアピールすることはどうだろう。」気の合う仲間で何気なく話した半分冗談の会話でしたが、会話を重ねるうちに本気になり、実現に向けて考えるようになっていました。子ども虐待への対応には、複数の援助者、職種、機関の良質な多分野協働があって初めて可能だということを、この問題に向き合うほどに身に染みて感じるようになっていたことが今思えば大きな理由でした。虐待対応における多分野協働と駅伝のつなげるというイメージが結びついて離れなくなったのです。この「つなぐ」というイメージは、さらには親と子、地域と家族、子どもの今と幸せな未来を結ぶ架け橋のように思えてきました。実現への願いを強くした10数人で実行委員会を立ち上げ、企画の作業に入って行きました。しかし実現までの道は簡単なものではありませんでした。財政面をどうするか、行政機関や各種の協議会から了解を得ること、コースの設定や警察との調整、安全対策、キャンペーン会場の確保、たすきの製作をはじめとした様々な物品の調達など、その全てが思うようには進みませんでした。「なんとか実現したい」という願いとは裏腹に、あきらめの気持ちが何度も心をよぎりました。ただその一方でこの計画を聞きつけた仲間たちが次々と集まり、協力の手を惜しまず、実現に向け力強い後押ししてくれました。当時を振りかえる度に、苦楽を共にしてきた仲間の一人一人に感謝の念を深くします。

「とにかく1年目はたすきをつなぐことだけ考えよう」と、啓発活動としてはかなり地味な1回目となりましたが、100名ほどのランナーが、2日間かけ箱根から東京までたすきをつなぐことができました。

あれから6年、現行のたすきリレーは、当時では想像できなかったほどのイベントへと成長しました。コースは3コース(都心コース、湘南コース、鎌倉・三浦・横須賀コース)へと拡大し、ランナーの数は500名近くになりました。ゴール会場をはじめ中継点のイベントも質・量ともに充実しました。

ゴール会場に出展する啓発ブースの数も数倍になりました。この活動を財政面で支えてくださる企業や団体そして後援してくださる機関や団体も増えました。毎回、ゴール会場では手作りのオレンジリボンを配布していますが、1回目は2千個ほどを有志で作成するのが精いっぱいでしたが、現在は学生や民生委員や主任児童委員等のボランティアの方々が自主的に製作されるようになり、年間2万数千個を用意できるほどになりました。

中でも一番うれしいのは、市区町の行政機関や団体の方々がこの活動に加わり、その輪が広がっていることです。すでに2回目に、虐待防止の啓発が地域に届いていく実感を得る機会を得ることができました。それは湘南コースの6区から7区の中継点である横浜市港南区の永野小学校でした。地域住民の方々が多数グランドに集まり、地域のイベントと共に、中継を皆で盛り上げました。地域の方々が参加している印象の強い中継でした。傍観するよりこうして参加する方が啓発としてはずっと効果があると思いました。ただ見ているより、実際に行動したほうが記憶には残りやすいものです。市民への啓発とはこうあるべきと教えられた2年目でした。4回目からは渋谷区が参加され、都心コースの渋谷駅前ハチ公像からのスタートが実現しました。これも地域の方々の力によるものです。その後二宮町、茅ヶ崎市など参加する自治体が増えていきます。5回目は、鎌倉市、逗子市、横須賀市が参加され、鎌倉高徳院の大仏をスタートする3つ目のコースができました。

子ども虐待防止は、発生予防、早期発見と介入、介入後の支援という3つの段階で対応するのが基本的な考え方です。中でも発生予防、つまり虐待が起きないための予防的な支援が重要となります。そこには子育て支援の充実、リスクを抱える子育て家族への濃密な支援、親になることへの教育など様々な手立てが求められます。その中心的舞台となるのが、身近で支援の手の届きやすい地元地域です。ですから市区町や町内会の方々が子ども虐待防止に関心を持つことは虐待の発生予防に通じていきます。そして今年度も参加する市区町はさらに増えました。三浦市、葉山町、東京都大田区、横浜市磯子鶴見が新たに加わり地元主体のコースや中継所が新設されたのです。

2.三浦コースの新設

今回のたすきリレーの目玉の一つは、三浦コースが新設されたことです。三浦市役所の方々が中心となって、城ケ島からスタートして、マホロバマインズ三浦、京急久里浜駅前商店街を中継して横須賀駅前中央広場で鎌倉からの本コースと合流するという3区間の新コースです。このコースだけで約40名のランナーが走行します。

城ケ島は三浦市に所属し、三浦半島の最南端に位置し、ウミウの生息する緑の島です。1960年に半島と島との間に城ケ島大橋が架けられ、車で往来することができます。近くにはマグロで有名な三崎港もあり、休日は観光客や釣り客でにぎわいます。参加賞に三浦大根が配られることで有名な三浦国際マラソン(ハーフマラソン)が毎年2月に行われますが、三浦海岸をスタートするコースの折り返し地点が大橋を渡ったこの島内にあります。古くは源頼朝が余暇を過ごすために何度も来島し、大正時代の詩人北原白秋はこの地を愛し、家族と共に居を移して多くの詩を残しました。中でも「城ケ島の雨」は有名で、大橋の下にその碑が建てられています。


城ヶ島スタート会場では、
三浦太鼓和太穂の演奏に元気をもらいました
三浦コースのスタートは島内にある灯台入口商店街近くの駐車場です。スタートしてすぐに白秋の碑があり、碑に見守られて次の中継所に向けて走ることになります。当日の朝8時からのスタートセレモニーでは三浦太鼓「和太穂」の皆さんの演奏をバックに9名のランナーがスタートしました。3区間約24キロのコースでタスキをつなぎ、横須賀中央駅前広場を目指します。中継所のマホロバマインズ三浦では宿泊客の暖かい応援をいただき、久里浜駅前商店街では児童養護施設しらかば子どもの家の企画で、道路を通行止めにしてのミニバスケットボール大会の途中でたすきの引継ぎが行われ、試合参加選手や商店会の皆さんなどから大きな声援を受けました。

鎌倉からのコースも昨年と異なるコースができました。昨年は逗子市役所から直接横須賀市に入りましたが、今年は逗子市役所から葉山町の森戸神社で中継することとなりました。森戸神社は森戸川の河口である森戸岬に位置し、太平洋を見渡せる風光明媚な神社です。源頼朝が三島明神の分霊を祭ったという由来があります。森戸神社から森戸海岸に出てすぐに葉山を愛した石原裕次郎記念碑があり、裕次郎ファンが多数訪れる人気スポットです。「裕ちゃんも見守ってくれるんだね」と、知人で大の裕次郎ファンのおばちゃんランナーが、今回の参加にあたって嬉しそうに話していました。また、森戸神社ではビッグハヤママーケットが開催されていて、多くの方に応援をいただきました。

鎌倉からのコースと三浦からのコースが合流する横須賀中央駅前広場は、昨年以上の盛り上がりを見せました。知的障がいのある人とそのお母さんたちで活動されている、アフリカ太鼓「ホンキートンク」の演奏で迎えられるランナーは充実感いっぱいの笑顔でした。鎌倉、三浦、横須賀コースは、鎌倉市の松尾市長、逗子市の平井市長、横須賀市の吉田市長、葉山町の山梨町長も走られ、市民と一緒に子ども虐待防止を訴えました。議員の方のキャンペーン参加や行政の方も多数走られました。市民と行政のトップや議会を担う方々が一つになって虐待防止を呼び掛けることは、とても大きな意義を感じます。それができる日本であることや地域であることに、国民として住民として誇りが湧いてくるのです。鎌倉・三浦・横須賀コースは全11区約70キロを総勢170人のランナーが参加しました。


ハチ公と記念撮影
都心コースも新しい中継所が加わりました。昨年の第5中継所は大田区大森スポーツセンターでしたが、今年は新設の大田区総合体育館となり、大田区あげてのキャンペーンが行われました。今年の6月30日にオープンしたばかりの体育館で、約4千席の観客席を備えた広大な体育館です。また川崎市役所からセブンイレブン浦島町店までの間にも新たに鶴見区役所が中継所として設定されました。中継所が増えたことで、区間の距離が短くなり、その分参加するランナーは走りやすくなったと思います。都心コースは渋谷駅ハチ公前広場で9時からスタートセレモニーが始まりました。桑原区長も来られ挨拶を頂きました。その後、ハチ公銅像維持会涛なみ川かわ副会長、渋谷道玄坂商店街振興組合有馬副理事長とともに、恒例となったハチ公像にオレンジのたすきが掛けられました。9時半に14名のランナーがスタートし、全9区約40キロを総勢約150名のランナーでたすきをつなぎました。東京タワーでは、10時から10組のミュージシャン達がミュージックリレーを開催、また、品川児童相談所でも、ライブリレーなど今年もにぎやかにキャンペーンイベントが行われました。


湘南コースを走るランナーたち
湘南コースは、昨年同様の二宮町にある児童養護施設心泉学園からのスタートと平塚市総合公園からのスタートの2地点スタートとなりました。それぞれのコースはセブンイレブンサザンビーチ店で合流します。心泉学園のスタートセレモニーには坂本町長も来られ、一緒に子ども虐待防止を訴えました。平塚市総合公園では平塚市社会福祉協議会イベント実行委員会主催の福祉フェスティバルのオープニングで障がい者の方も含め多数のランナーが公園内を走りました。湘南コースは全9区約60キロを総勢150名のランナーがたすきをつなぎました。

3.横浜みなとみらい地区「新港中央広場」特設会場


3コースが目指すゴールは、横浜みなとみらい地区「新港中央広場」です。ここは赤レンガ倉庫とショッピングセンター(ワールドポーターズ)の間に位置した広場で、3年前に行われた横浜博覧会の跡地でもあります。ここにステージとブースを設置した特設会場を作りました。

ありがたいことにブースの出展希望も増えたのですが、ブース設置に必須のテントが充分に用意できない状況に困っていました。そんな折、神奈川県にオレンジ色の天幕でできたテント6張りの寄付があったのです。寄付は、神奈川県遊技場協同組合および神奈川県福祉事業協会からでした。6張りで150万円相当の大きな寄付です。それを使わせていただいたおかげで、出展を希望する全て団体のブース展示が可能となりました。救われた気持ちでした。本当に感謝しております。

出展したブースは、神奈川県(児童虐待防止キャンペーン)、横浜市(児童虐待防止キャンペーン)、神奈川県母子福祉協議会(母子生活支援施設の紹介)、おおいそ学園(子ども達が栽培したみかんの配布)、横浜市民生委員児童委員協議会横浜市主任児童委員連絡会(子ども達に綿あめの配布しての虐待防止の呼びかけ)、カンガルーOYAMA(オレンジリボンオブジェの製作コーナー)、全国児童家庭支援センター協議会(児童家庭支援センターの紹介と児童虐待防止の啓発)、資生堂社会福祉事業財団(子育て応援サイト「はぐりぃらぶりぃ」の紹介や記念グッツ配布など)エキスパートチャリティアソシエーション(風船の配布と児童養護施設をはじめとする様々な支援事業の紹介)、セブン-イレブン・ジャパン(子ども達への絵本の読み聞かせ)、特定非営利活動法人子どもセンターてんぽ(「てんぽ」の活動の紹介)、NPO法人CROP. -MINORI(社会的養護の子ども達などへの「いるかセラピー」活動の紹介)、神奈川県保険医協会(児童虐待防止の啓発)、学生ボランティア(子どもの遊び場の提供)の全14ブースです。また、東日本大震災サポートプロジェクト・子ども達の未来を祈る企画として昨年誕生した「祈りの『Friendship』キルトたすき」の製作コーナーを今年も設置しました。2cm×7 cm四方の布ピースにメッセージを書き込み、それを1枚60cm×120cmの大きさのキルトに仕立て、さらにそれらをつなげて16mほどの大タスキを作ろうという計画です。このコーナーは東京タワーと鎌倉高徳院(大仏)境内にも設けました。鎌倉の大仏が掛けられる大たすきを作るのが夢の計画です。おそらく後3年はかかりそうです。

会場の前方には4tロングのステージカーを設置しました。ステージカーは「国境なき楽団」の協力があってのものです。国境なき楽団は、学校や被災地などでコンサートを行ったり、発展途上国に楽器を送るなど、音楽を通して心に平和を届ける活動をしている非営利団体です。たすきリレーの趣旨に賛同していただき、ステージカーをはじめ舞台進行など様々な支援をして頂きました。おかげで何もない原っぱに見事なステージを設置でき、それを囲むようにブースがならぶ、美しいレイアウトの特設会場が出来上がりました。


ステージでは、午前10時から児童養護施設幸保愛児園の子ども達で編成された幸保エバーグリーンズによる吹奏楽、ミュージシャンの土田聡子さん、川北愛子さんによるユニット「Puca」のライブ、野毛の大道芸師栗ちゃんと仲間たちのパフォーマンス、歌手成田圭さんのライブ、江戸前ブルースバンド亀若による演奏と続き、最後は国境なき楽団の代表でもある庄野真代さんのライブです。庄野真代さんは、「飛んでイスタンブール」「モンテカルロで乾杯」など70年代後半に一世を風靡したミュージシャンです。庄野真代さんが歌い始めると、この時代に青春時代を過ごした人たちでしょう、吸い寄せられるように会場に集まってきました。歌の持つ力のすごさに感銘しました。

ライブが終わるころには、3コースの最終区のランナーが会場の隣にある、ワールドポーターズ前の広場ですでに合流していました。ここは、桜木町の駅から赤レンガ倉庫などがある新港地区に通じる鉄道廃線跡を利用した遊歩道である汽車道の陸橋を渡ったところの広場です。汽車道は横浜みなとみらい地区の名所の一つで、桜木町から向かうと左手にはランドマークタワー、右前方には赤レンガ倉庫を見ることのできるロマンティックな道で有名です。休日は若いカップルや子どもを連れた家族が多数行き交っています。都心コースのランナーと湘南コースのランナーはまさにここを走ることができたのです。そのおかげで多くの若者や家族に応援してもらえました。

3コースから集まったランナーは総勢60名ほどになりました。合図とともに全員が列をなして特設会場に向かってきます。特設会場に設置されたオレンジのエアゲートがランナーを迎えます。ステージ前にゴールテープが幅20メートルほどに広げられ、ランナーは一度静止した後、大きな歓声と共に全員でテープを切りました。感動の瞬間です。6回目となった今でもこの瞬間に新鮮な感動を抱くのは、ランナーの熱気と充実感あふれる笑顔のおかげなのでしょう。それぞれの区を責任を持ってたすきをつないだランナーの方々全員に感謝!です。

4.たすきリレーの広がり

今年のたすきリレーは10月28日の日曜日に行われました。昨年同様、11月からの児童虐待防止推進月間を呼びかける意味も込めて11月直前としました。前日の27日には滋賀県で、その1週間前には小山市でたすきリレーが行われました。小山市には児童養護施設鎌倉児童ホームの職員とそこで暮らす高校生が参加し、そのたすきを我々のリレーへとつながれました。毎年東京コースの全区を走る東京都児童相談所職員の井上さんは、小山市と滋賀県の両方に参加され、たすきをこちらに引き継いでこられました。そしてゴール後のセレモニーでは、我々のたすきを含め、これらのたすきが、次週行われる岐阜県のたすきリレーに引き継がれました。岐阜県の実行委員長を務める長縄さんは、この引継ぎのために岐阜から来てくださいました。長縄さん、ありがとうございます。こうした人たちのおかげで、たすきは全国へとつながれていくのです。

また、「祈りの『Friendship』キルトたすき」の製作に係わっていただいている勝山さんと荒井さんは、大倉山の喫茶サロンで毎月1回、「オレンジリボンカフェ」を開催、数年はかかるだろう「キルトたすき」の仕上げしながら啓発活動をしているとのこと。それから、渋谷のハチ公前広場からスタートしたことがきっかけで、行政の方からご協力を得て、ハチ公前広場にある電車モニュメント・青ガエルの中やマークシティ4Fクリエーションスクエアしぶやの2か所で、子ども虐待防止パネル展やグッズ配布、オレンジリボンたすきリレーの告知など、2週間から1か月間にわたってのサブイベントも展開できました。たすきリレーを機に様々な啓発活動が、新たに加わり広がり始めたのもこの数年間の変化です。

毎年のことですが、たすきリレーが終わると、虚脱感からの無気力状態で何日かが過ぎてしまいます。数日後、ぼーっとした頭で、何気なくパソコンのインターネットを眺めていると、たすきリレーを話題にしたブログが、例年以上に増えていることに気づきました。ブログの発信者は、参加された議員の方やミュージシャンの方々をはじめ、広報してくださったメディア、ランナーとして参加された一般市民の方などです。ざっと目を通しただけで十数名の方のブログが見つかりました。これはとても嬉しいことです。イベントだけでの啓発は限界があります。インターネット上のブログやフェイスブックなどで少しでもこの活動に触れてもらい、話題が広がればそれは大きな啓発へと広がると、改めて気づかされました。参加された方、ランナーとして走られた方、ぜひ今からでもネット上でつぶやいていただけたらと思います。多くの人たちの会話の中に、虐待防止と子どもの明るい未来についての話題が増えていくことを願います。

もう一つ嬉しいことがあります。一般の市民マラソンに、子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレーの専用Tシャツを着用して参加されるランナーが増えてきたことです。中には「たすきを着けて走りたいからたすきを貸してほしい」という問い合わせも増えました。我々にとっては大歓迎のオーダーです。これから市民マラソンに参加予定の皆さんもぜひ、と願います。

たすきリレーがイベント当日だけでなく、様々な場面で目に触れ、話題になることで、心のたすきが多くの人々につながれていきます。子ども達の明るい未来を願う気持ちと共に。

第5回『オレンジリボンたすきリレーを振り返って」

実行委員長 増沢 高

1.東日本大震災

未曾有の大地震が東日本を襲ったのは3月11日でした。ちょうど5回目のたすきリレーに向けての具体的な検討に入った中でのことでした。東京と神奈川県も大きく揺れました。その後の1か月は、関東でも計画停電が続き、飲料水の購入や給油が困難になるなど、不安定な日々が続きました。「もうたすきリレーどころではない」という思いが日を追うごとに大きくなりました。衝撃的で想像を絶する事態は、社会の様々な営みを自粛ムードに向けました。様々な機関の年間スケジュールから年度末と次年度の企画が消えていきました。ところが1か月を過ぎた頃から全体のムードが変わってきました。この1か月は被災の影響から少しずつでも回復していくという流れとは全く逆で、その甚大さと復興に向けた道のりの遠いことを、日を追う
大きなたすきをキルト仕立て作る。
復興への祈りのメッセージを
皆さんに書いていただきました。
ごとに自覚せざるを得ない1か月でした。ところがその一方で新たな機運が起きてきました。それは、このまま全てが足踏みしていたのでは、かえって未来は遠のく、前を向いて進もう、動ける機関や人は、やるべきことはやって行こうというものです。この思いは、被災地である東北の人たちがより強かったと聞きます。実行委員会でも、実施の有無を検討しましたが、ほとんどの委員が実施に賛成でした。むしろ、子ども虐待防止と子どもの明るい未来創出を目的としたたすきリレーに、震災からの復興と被災した日本の子どもたち(私たちは東北の子どもたちは当然のこと、全ての日本の子どもたちが被災したと思っています)の未来を祈る企画を組み入れるべきという声が強かったのでした。こうしてたすきリレーは実施に向けて再び動き出しました。そして未来を祈る企画として誕生したのが「祈りの『Friendship』キルトたすき」の製作です。7センチ四方の布ピースにメッセージを書いてもらい、1枚60cm×120cmのキルトを作り、それをつなげて16m位までの、大きなたすきを作ろうというものです。一人100円でメッセージを書き、集まったお金は義援金として被災者に送られます。大きなたすきを製作することの背景には、かの有名な鎌倉の大仏の存在がありました。

2.鎌倉の大仏からのリレー

昨年の話になります。第4回目のたすきリレーを終えたばかりの12月。鎌倉児童ホームを通じて、鎌倉市とたすきリレーを通した児童虐待啓発の協働に関して話し合いがもたれました。当日は鎌倉市役所にお伺いし、松尾鎌倉市長をはじめ、市役所の職員の方々と直接お話をさせていただき、もし可能であればという前提で、鎌倉市にある大仏をスタートとし、逗子、横須賀を巡っての三浦半島のコースの設置を提案しました。恐れ多い提案であることは自覚していました。一笑に付されて終っても不思議ではないのですが、話し合いでは「夢ではあるが全く可能性がないわけではない」と前向きなムードで、実現に向けて協力していく方向が確認されました。とはいっても鎌倉の大仏スタートは簡単ではありません。直後の実行委員会では、委員のほとんどは叶わぬ夢と思いました。国宝であり、世界的に有名な鎌倉の大仏です。相手が名実ともに大きすぎます。この夢の実現の立ちはだかる壁は実際の大仏よりも大きく感じられました。様々な方々に相談、ご協力もいただき、とにかく一度だけでも話を聞いていただけたらありがたいと大仏のある高徳院に打診しました。ところが想像に反して、すぐに話しを聞いていただけたのです。当日は私と佐々木副委員長の二人が予定よりもかなり早い時間に高徳院に趣きました。まずは大仏に手を合わせ、住職とお会いできることを感謝いたしました。その後境内を歩いていると、ふと大仏横の回廊内壁にかけられた大きな草鞋が目に入りました。その大きさに大仏のものであることはすぐに分かります。そこに書かれていた説明では、長さ1.8m、幅0.9m、重量45㎏もあるそうです。茨城県の常陸太田市の子どもたちが、戦後間もない1951年に「大仏様に日本中を行脚し、万民を幸せにしていただきたい」と願って作り始めたそうで、以降数年に一度、子どもたちが製作し奉納を続けているそうです。常陸太田市は茨城県の北東日に位置し、今回の震災でも大きな影響を受けたに違いない場所です。私たちは、災害からの復興支援と大仏がつながった感覚を覚えました。その理由のもう一つに、大仏の津波災害にまつわる有名な話があります。大仏はもともと大仏殿内に納められていたのですが、500年前の明応7年に起きた巨大地震により発生した津波が、大仏殿まで到達し仏殿を流してしまったのです。つまり大仏は津波に負けずに座し続けた被災仏なのです。私たちは、戦後の子どもたちと同じように、子どもたちの未来を大仏に祈りたい気持ちで一杯になりました。「祈りの『Friendship』キルトたすき」は、つまり大仏にかけていただくたすきなのです。実はこのことは鎌倉スタートの話が出た時から胸に秘めていたことでした。もちろん実際に大仏にかけていただくわけにはいきません。しかし大きな草鞋を見た時に、完成した暁には草鞋と同じように回廊壁に奉納できたらと、夢のようなことを思ったのです。

佐藤住職は優しく私たちを出迎えてくれました。じっと私たちの話を聞いてくださった後、今度は佐藤住職が子どもの健全な育成に対する思いを静かに語ってくださいました。それをお伺いして、ご多忙にもかかわらず私たちとお会いしていただいた理由が少しわかった気がしました。佐藤住職は、子どもたちの様々な活動、育成プログラムを実施しているNPO法人「鎌倉てらこや」の顧問でもあり、子どもの幸せと明るい未来を人一倍願う方であったのです。我々の稚拙な説明に熱心に耳を傾けていただき、そういう趣旨ならと、大仏からスタートすることを了解されたのです。そして「祈りの『Friendship』キルトたすき」の製作と回廊内壁の掲示についても承諾してくださったのです。話し合いの後は、夢にも昇るような気持ちで、伺った二人はしばし放心状態でした。改めて大仏に手を合わせ、感謝とこれからの成功を祈念いたしました。

3.鎌倉・三浦コースの新設


こうして鎌倉・三浦コース新設の現実化へ向けて走り始めました。実は三浦地域で新コースの設立を求める声は以前からありました。これは昨年の9月にまでさかのぼります。4回目のたすきリレーに向けてその準備も佳境に入っていた時のことです。ある研修会で、鎌倉・三浦地域児童相談所の寺田所長が、「三浦地域でもたすきリレーのコースを作りたいけど。いいかなあ」と声をかけて来られました。それはとてもうれしい提案だったのですが、一方でこれまでの2コースでもかなり手一杯だったため、困惑したのも事実です。ただ「みんなの負担にならないように、任せてくれたらこちらで動くから」と言ってくださいました。そこで、さすがに2か月後の実施は無理でも、翌年に向けて検討することになったのです。ですから、鎌倉スタートの話があった時には、すぐに寺田所長のことが頭に浮かび、市役所での話し合いの結果や高徳院での朗報を、一早く寺田所長にお伝えしたのでした。寺田所長は、満を持したようにコース設定に向けて動き始めました。第1の中継点として鶴岡八幡宮太鼓橋が決まった後は、第3中継所に逗子市役所、第4中継所は横須賀中央駅前広場と決まっていきました。横須賀中央駅前広場は横須賀市児童相談所が中心に設定し、大規模なキャンペーンが繰り広げられることとなりました。児童虐対応において、県の児童相談所と市区町村との連携は重要ですが、全国的には課題が多いのも事実で、時に起こる虐待死亡事件の背景に二者間の連携の問題が指摘されることがあります。ぎくしゃくがあればこうしたイベントにも表れるものです。スムーズな運びの背景には、鎌倉三浦地域の連携の質の良さがあるのだと思います。このことは神奈川県在住の一市民である筆者とってはとても嬉しいことなのです。児童相談所は激務です。そんな中万難を排して尽力された寺田所長には本当に頭が下がります。また寺田所長は何も話されませんが、行政職の方がこうした活動に積極的に参加することに対して、いろいろな風当たりがないわけではないと推察します。子ども虐待対応には多分野協働が基本とされながら専門別や縦割りによる壁がそれを妨げます。システムや考え方を突破しなくては進めない課題が山積みで、特に行政機関ではなおのことと思います。たすきリレーは、こうした突破を目指してはじめられた経緯があります。こうした趣旨も理解され主体的に動いていただいた寺田所長には感謝の気持ちで一杯です。第5中継所は関東学院大学と決まり、当日行われる大学祭のメインステージ上でのリレーが実現することとなりました。この実現に取り組まれたのは、横浜市のファミリーグループホームである斎藤ホームの斎藤さんです。斎藤さんは湘南コースのランナー役員として毎年最終区を束ねている方です。関東学院大学の非常勤講師も務めている関係から学生と協力し、大学祭とのコラボが実現したのです。第6中継所はセブンイレブン横浜片吹店と決まりました。寺田所長が頻繁に利用するコンビニで、直接交渉して実現しました。コンビニエンスストアがたすきリレーの中継所に入ることは、委員会の希望でした。コンビニエンスストアには虐待を受けて居場所のない子どもや放置された子どもが向かいやすい店でもあり、そうした子どもたちにとっては砂漠のオアシス的な存在なのでしょう。昨年横浜で不幸な事件がありました。コンビニエンスストアでおにぎりとパンを万引きした少年に、店主と警察官が対応したところ、体中に痣があり、虐待を受けていることが分かり、親が逮捕されたのです。食事が与えられず、空腹の限界からのコンビニエンスストアでの万引でした。ちょうど夏休み前の短縮授業期間で給食がなかったことも原因かもしれません。男児の万引きはSOSのサインでもあり、コンビニエンスストアが救済の場となったのです。こうしたことは全国のコンビニエンスストアでも少なからず起きていると思います。カンヌ映画祭で主演男優賞を受賞した映画「誰も知らない」でもコンビニエンスストアに向かう子どもの姿が描かれています。その後神奈川県がセブンイレブン本社と交渉され、セブンイレブンの協賛が決まり、ランナー全員に飲料水とカロリーメイトが渡されることとなりました。さらに湘南コースと都心コースにも1か所ずつセブンイレブンが中継所として加わることとなりました。最後の中継所は横浜市中央児童相談所と決まりました。横浜市は毎年ゴール会場で子どもの遊び場などのイベントブースを出していましたが、中継所としては初参加です。中継後には伊勢佐木町モールもコースに加わり、ゴールまでの最終区間が華やかなものとなりました。鎌倉・三浦コース新設にあたって、重要な立役者がもう二人います。鎌倉児童ホームの秦園長と指導員である川島さんです。鎌倉スタートを事前に調整していたのも、彼と秦園長でした。川島さんはこれまで湘南コースのランナー役員をしており、鎌倉からのコースを願う一人でした。今回は鎌倉・三浦コースの全てのランナー役員を束ねる責任者です。彼の走力は相当なもので、神奈川県の児童福祉施設のマラソン大会では、子どもに交じっていつも先頭を元気に走っています。今回は鎌倉・三浦コースの全区を走り、全体を監督することとなりました。また秦園長と川島さんはじめ鎌倉児童ホームの職員は、常日頃から地域の様々な機関や人たちと交流を深めています。今回のイベントでも、そうしたつながりある機関や企業に声をかけられました。その結果新たにいくつもの後援団体が加わることとなりました。その中には鎌倉の神社等の庭園を手掛ける彩樹園や、鎌倉に行けば必ず目に留まる人力車を運営する鎌倉力車株式会社プラネスなどがあります。

4.多領域に広がる参加の輪

児童福祉施設職員が中心に始まったたすきリレーですが、5回目を迎えてこれに関わる方々の実に多領域に渡るようになりました。各コースの中継点では、施設、児童相談所、市役所、小学校、大学、神社、公園、病院、コンビニエンスストア、東京タワー、スポーツセンターなど実に多彩です。その中で湘南コースでは、平塚の総合公園内に第3区のコースを設け、視覚障害者と子ども達等も参加できるようにしたのです。この企画は平塚市社会福祉協議会の遠藤さんの発案です。実はこの企画が動き始めたのも昨年になります。市民マラソン大会等に視覚障害の方が参加できるよう伴走のボランティアをしている木曜ランナーズの代表である内野さんから、視覚障害者と子どもたちもたすきリレーに参加できないかとの打診をいただいたのです。しかしたすきリレーは公道を走るため、段差も多く危険であることから、昨年は見合わせていたのです。しかしぜひ参加していただこうと遠藤さんが総合公園内のコースを考え、しかも毎年平塚市社会福祉協議会イベント実行 委員会が行っている福祉フェスティバルのプログラムに第3区の走行を組み入れる形で設定されたのです。たすきリレーを各地域の啓発活動に組み入れてもらうのは、実行委員会が常に願っていることの一つです。これまでも湘南コースの永野小学校、都心コースの品川児童相談所など、中継点のある地域や機関のいくつかが、たすきリレーを通して子ども虐待防止の啓発活動を主体的、積極的に行ってきました。今回の平塚市社会福祉協議会の企画は、規模も大きく、かつ障害を抱えた子どもたちが多数参加できることを可能にした点で、極めて優れたアイデアであり、全ての実行委員が感激した企画でした。走るランナーも多彩となりました。300人以上のランナーが集まったのですが、児童福祉施設職員、児童相談所職員、市役所職員、教員、消防士、医師、企業の方、米軍の方など児童福祉の領域を越えて多岐に及びます。それぞれのランナーは、おそらく日常生活のどこかでたすきリレーを話題にするでしょう。それぞれの領域の中でこの話題が少しずつ広がれば、いつかはきっと大きな啓発の輪になると思います。時間はかかるかもしれませんが、こうした広がりは、一瞬で消える一方的な呼びかけよりも、手ごたえのある確かなものと思うのです。ゴール会場のブースも増えました。「祈りの『Friendship』キルトたすき製作」のブースをはじめとして、「子どもシェルター・てんぽ」「全国児童家庭支援センター協議会」「セブンイレブン」「横浜市民生児童委員による綿あめ」のブースなどが新たに加わりました。当日は全てのブースが並び、虐待防止活動の紹介や親子が楽しんでもらえるような企画を展開していました。またプロのデザイナーであるこくぶともみさんが、たすきリレーのイメージのイラストを多数展示されました。ステージ上では午前10時から、歌ありパントマイムありの様々なショウが展開されました。また会場内では学生による着ぐるみのキャラクターが子どもたちと戯れ、大道芸師が得意の技を見せて回り、ボランティアの方々が手作りのリボンを配布するなど、始めたころと比べて随分と華やいだものになりました。ブースやイベントなど、多分野の方々で構成されていることによって、会場の雰囲気に多様さと奥行きが生まれることを再認識しました。

5.思いの込められたたすきのリレー

今年のたすきリレーは10月30日の日曜日に行われました。昨年同様、児童虐待防止推進月間である11月に入る直前のこけら落とし的な意味も込めてこの日となりました。1週間前には小山市でたすきリレーが行われ、そのたすきを受け取りました。また前日には滋賀県でたすきリレーが行われ、都心コースで毎年全区を走られている井上さんが参加し、滋賀県のたすき引き継いでこられました。また岩手県では、被災した方々がニット製の手作りのたすきをたくさん作られました。復興への思いの込められたたすきです。身に着けるランナーは気持ちがしまる思いがしたでしょう。渋谷駅前のハチ公像前からスタートを切る都心コースは、日本子ども総合研究所、東京タワー、泉岳寺、品川児童相談所、大田区大森スポーツセンター、川崎市役所、セブンイレブン浦島町店そしてゴールである横浜山下公園へとたすきをつなぎ、神奈川県二宮町にある心泉学園からの湘南コースは、エリザベスサンダースホーム、平塚市総合公園平塚のはらっぱ、セブンイレブンサザンビーチ店、茅ヶ崎ファーム、遊行寺、西横浜国際総合病院、永野小学校、山下公園へとたすきをつなげます。当日の朝は良く晴れた青空でした。3コースは予定通りスタートセレモニーが行われました。スタートセレモニーと一口で言っても、その趣は3コースで異なるものでした。都心コースのスタート地のハチ公像前には、渋谷駅前でもあり多くの方々が集まりました。昨年同様ハチ公像にたすきをかけ、大きな声援に包まれる中でスタートしました。湘南コースのスタートは児童養護施設である心泉学園です。そこには坂本二宮町長をはじめとする地域の方々と施設の子どもたちが集まり、温かい雰囲気の中で、子どもたちの声援を受けてのスタートでした。高徳院では、松尾市長の挨拶の後、大仏を前にしての佐藤住職の祈りの込もった挨拶の後、厳かな気の引き締まる空気の中でランナー全員は大仏様に手を合わせスタートしました。それぞれの第1区のランナーは多彩でした。鎌倉・三浦コースの第1区は、松尾鎌倉市長をはじめ、市役所職員、児童相談所職員、施設職員、市役所職員、格闘家、郵便局職員、企業の方などで構成されています。都心コースは、児童相談所、施設職員、NPOの方、企業の方などです。湘南コースは、学校教諭、施設職員、消防所職員、役場職員等、実に30名のランナーが走りました。1区十数名で走ることとなっているため、二グループに分かれての走行となりました。第1区のみならず、ランナーの希望者はこれまでで最大数でした。ランナーの呼びかけから2週間ほどで各区のランナー定員が一杯になったのです。

6.感動のゴールと全国に広がるたすきの輪

朝の青空も正午には曇り空に変わり、2時過ぎには小雨が降りだしました。ただ走り始めたランナーには全く関係がありません。ひたすら笑顔でゴールに向かって走っています。3時半過ぎ、いよいよゴールの時を迎えました。気づくと雨は上がっています。ランナーを迎えるために天気も歓迎してくれているようです。3コースのランナーはタイムスケジュールを大きく外れることなく、山下公園の入り口に入りました。山下公園は海に面して横に長い公園です。最後は3つのコースが3列に進んで一緒にゴールをします。ランナーを迎え入れる山下公園ですが、この山下公園も震災と深い関係があります。この公園は1923年9月1日に起きた関東大震災の復興事業のひとつとして震災による瓦礫を埋め立てて造成された公園なのです。関東大震災は東京のみならず横浜にも壊滅的な被害をもたらしました。その後復興の象徴として瓦礫や焼土を埋め立てて山下公園を造成することになったのです。そして日本で最初の臨海公園として1930年(昭和5年)に開園したのです。それから五年後の1935年(昭和10年)には震災からの復興を祝う復興博覧会がこの公園で盛大に行われたといいます。今回のたすきリレーと震災復興に何かの縁を感じずにはいられませんでした。3時40分、ステージのあるメイン会場からランナーたちの姿が見えてきました。皆笑顔です。それぞれのコースを走った3つの隊列を一緒になってこちらに向かってくる光景は壮観です。ランナーの数が増えたことで、Tシャツの白色とたすきのオレンジがひときわ輝きます。ランナーの隊列は、最後に大きな一つのかたまりとなって、一斉にゴールテープを切りました。誰もがさわやかな笑顔です。皆のたすきに書かれた「子どもに明るい未来を」のメッセージが素直に心に響きました。このわれわれのたすきと、小山からのたすき、滋賀県のたすき、そして岩手県の方々の手作りのニットのたすきは、岐阜県のたすきリレー実行委員会に引き継がれました。たすきは全国の各地でつながれ、来年は再びこの地を駆け抜けます。たすきリレーは、ランナーがたすきをつなぐだけでなく、これに携わっていただくことで多くの方々がつながっていく実感があります。それは子ども虐待防止と子どもの笑顔を願う心のたすきと言っていいのかもしれません。心のたすきは次々とつながれ、やがては大きな心の輪となると信じています。大会のフィナーレで皆が歌う「翼をください」を聴きながら、そんなことを思いました。一般市民も専門家も関係なく、分野や立場がどうであれ、子どもの明るい未来を望む心は一つなのです。

第4回『オレンジリボンたすきリレーを振り返って」

実行委員長 増沢 高

1.小山市の事件とたすきリレー

栃木県小山市は人口 17 万人の小都市である。栃木県の南に位置し、茨城県と隣接している。小都市といっても緑の自然が多く残った静かな街である。この閑静な小山市で衝撃的事件が起きた。平成16 年のまだ暑さの残る9月のことである。この町に住む4 歳と3 歳の兄弟が、同居する成人男性の手によって流れる川の橋の上から投げ落とされ死亡したのである。犯人は兄弟の父親の「舎弟」と呼ばれる間柄の男で、父親の指示で兄弟の面倒を見ていたという。もともと家庭内には不適切な環境があり、兄弟は児童養護施設に預けられていたが、親族である祖母のもとに引き取られ、その後この家に戻されていた。事件後、施設を退所させる判断が妥当であったか否か児童相談所が厳しく問われ、判断の甘さを訴える世論が新聞やテレビを賑わした。

この事件を機に、小山市民の有志がNPO 法人「カンガルーOYAMA」を設立し、こうした事件が2度と起こらないことを願って、オレンジリボンキャンペーンを考案した。オレンジリボンを子ども虐待防止の象徴とし、これを身につけて皆で虐待防止を呼び掛けるよう訴えたのである。現在このキャンペーンは全国組織である「NPO 法人児童虐待防止全国ネットワーク」に引き継がれ、児童虐待防止推進月間である11 月を中心に、様々な啓発活動が全国各地で行われている。

私たちの「湘南・東京子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレー」もそうした啓発活動の一つである。オレンジリボンをオレンジのたすきとし、複数のランナーが駅伝方式でつなぎ、虐待防止を訴えるイベントである。子ども虐待への対応は一人の力、一つの機関では困難で、多分野の機関や職種が協働してはじめて前に進んでいく。駅伝も個々の力の結集が実を結ぶスポーツであり、この意味において虐待対応における協働と重なるところがある。また湘南・東京地域は、かの有名な箱根駅伝の地でもある。これらがたすきリレーを始めた理由である。平成19年に行った第1回目は、箱根駅伝のコースをほぼそのままに100名程の有志のランナーがたすきをつないで走破した。走破しきったあの時の充実感は今も忘れられない。ただゴール地点である大手町の休日の人の少なさに、寂しさを覚えたのも確かだった。そこで翌年から渋谷からの都心コースと小田原からの湘南コースを設け、人出の多い横浜のみなとみらい地区をゴールとし、両コースのランナーが出会うこととした。ゴール地点では1 日中イベントキャンペーンを行った。以降このような方式が続いている。

たすきリレーは今年で4回目を迎えるが、この間に岐阜県や山口県でも行われ、今年は滋賀県で実施されるなど活動が広がりつつある。そして何とも喜ばしいのは、オレンジリボンキャンペーン発祥の地である小山市がたすきリレーを行うことになったのである。小山市のたすきリレーの話を伺ったのは今年の2月である。小山市役所の課長さんと係長さんが、実行委員会の事務局でもある子どもの虹情報研修センター(虹センター)に尋ねて来られた。私たちの実施日の一週前に小山市がたすきリレーを行い、小山のたすきをこちらにつなぎたいとの意向であった。私たちにとっては当然大歓迎であり、当日はこちらの実行委員会が小山市のゴール会場に赴き、たすきを受けとる方向で検討することとなった。さっそく実行委員会が開かれ、これを話したところ、委員の全てが賛同した。反対者がいないことは想定内だったが、その中の一人が「自分が横浜までの約150Kmを走ってつないでもよいか」と言いだしたのには驚いた。この発言の主は山下さんである。山下さんは、毎年全区間走行し、ウルトラマラソン等にも参加し続ける程の図抜けた走力の持ち主である。一瞬は皆の口が開いたものの、彼の走力は実証済みで、すぐに納得の表情に変わった。こうしてまた一つ驚きの企画が誕生したのである。

小山市のタスキリレー当日はよく晴れた穏やかな日となった。小山市役所の会場では、朝9時にランナーがスタートした。スタートとゴールセレモニーが行われる会場は地元高校生のよさこいソーラン節など様々なイベントで賑わった。市民が一体となってイベントを盛り上げている。11 時半過ぎに走り終えたランナーが会場に到着した。ひときわ大きな声援が飛ぶ。ステージ上でランナーに完走賞が授与された。走り終えた後のランナーの笑顔は素晴らしいといつも思う。ただ走っただけでない何かがランナーの笑顔の中に満ちている。それはとても大きな充実感なのだろう。走ることはけっして派手ではないものの、嘘やごまかしのないまっすぐなものだ。だからだろう、素直に笑顔を受け取ることができるし、素晴らしいと感動できるのだと思う。

ゴールセレモニーの最後に、私たち湘南・東京たすきリレーの実行委員 3人がステージ上に呼ばれた。その中に山下さんがいる。小山市長から「つないでいただきたい」との言葉とともに小山のたすきが渡された。彼はここから150Km 先の横浜にある虹センターまでたすきをつなぐためにここにいる。小山市のランナーの願い、市民の願いを東京・神奈川に届けるためである。

2.山下さんの思い

スタートしてまず彼が向かったのは、あの事件が起きた橋である。きれいに澄んだ幅の広い、流れの緩やかな美しい川にこの橋がある。あの事件の悲惨さと、この美しさがどうにもつながらない。誰もが「まさかここで起きたとは」と思わずにはいられないだろう。山下さんもその一人である。この川の名は「思川(おもいがわ)」という。古人にとって、思いを抱いたり思いを込めるような、そんな川だったのだろうか。山下さんと同行(山下さんのサポート隊)した私たちにとっては、事件への思いと虐待防止の願いが、この名称に重なってきた。橋を渡ると、そのたもとに小さな地蔵が2体並んでいた。あの兄弟の地蔵であることはすぐに分かった。地蔵の前には車の模型やミニカーが置かれている。きっと車が好きな兄弟だったのだ。地蔵も我々の思いと一緒だろう。山下さんはその前にしゃがみこみ、しばらく手を合わせた。

地蔵が置かれていたことは、驚きでもあった。虐待による死亡事件は、全国津々浦々で頻発しているのだが、事件が起きたその土地に地蔵が置かれたという話は聞いたことがない。こうした事件は、その地域の人々にとっては、早く忘れ去りたい悲しみでもあり、地域の汚点でもある。印など残さずに、早く風化させたいと思う人も少なくなかろう。小山市役所の課長さんと係長さんが虹センターに来られた際、たすきリレーを行う理由に「市には早く忘れたいという意見もある。でも私たちは二度とこのような事件を起こさないためにも忘れてはならない。そのためです」と話された。小山市ではその言葉通りに、毎年9月には兄弟の鎮魂式が行われているし、カンガルーOYAMAの活動は今でも地道に続けられている。そして今年からは市をあげてたすきリレーを行ったのである。小山市の姿勢は他の地域にはない志があることは確かで、敬意を表さずにはいられない。

山下さんは再び走り始めた。彼は一昼夜を走り続けるつもりでいる。山下さんは児童養護施設の指導員である。児童養護施設とは、児童福祉施設の一つで、虐待を受けるなど家庭で生活することが困難となった子どもたちが、児童相談所から措置されて入所する施設である。全国には約560か所の児童養護施設があり、約3万人の子ども達がそこで暮らしている。家族から離れて、社会が子どもの暮らしを支える仕組みを社会的養護と呼ぶ。社会的養護児童は全国で約4 万人おり、その多くは児童養護施設で暮らす子どもたちが占める。その他の児童福祉施設として、乳児が対象の乳児院や、情緒的な問題の治療を目的とした情緒障害児短期治療施設、非行児童が中心の児童自立支援施設等がある。里親委託も社会的養護の一つであるが、日本の場合里親に委託される子どもは少なく、全社会的養護児童の10分の1にすぎない。

山下さんが、小山からのリレーにこだわったもう一つの理由は、思川で死亡した兄弟が児童養護施設で暮らしていた子どもであったことが一番の理由である。児童養護施設に勤める山下さんにとって他人ごとではないのである。児童養護施設に入所する子どもの半数以上が、家庭内での被虐待体験を持っている。それもよほどの虐待状況があるゆえに家族から離されて入所に至るのである。長期間食事を与えられず、衰弱しつつある子ども、度重なる暴行ゆえに新旧のあざが全身に残る子ども、熱湯をかけられ、体に赤く火傷が残る子どもなど、彼らの体に残る被虐待体験のすさまじさを物語る痕跡を取り上げたら枚挙のいとまがない。

後遺症は体の傷だけではない。壮絶な環境を生きながらえたゆえに、人間として生きるべき心の中核に深刻なダメージを受けている。大人に対して不信感や恐怖感を強く抱いているため、職員との良好な関係がなかなか築けない。大人に上手に甘えることを知らず、職員に全く近づこうとしない子どももいる。大人に頼ることができないということは、苦痛や苦しみを一人ぼっちで耐えることを意味する。そのままでいいはずがない。

友達関係をみても、ルールを守る意味が分からないためトラブルが頻発しやすい。自らの衝動や欲求をコントロールする力が弱く、待つことができずに要求をすぐに満たそうとする。思うようにいかなければ怒りやすく、それを収めるのにも時間がかかる。職員が怒りを鎮めるよう促すと、逆に暴言や暴力を受けて職員が傷付く場合もある。細やかな情動体験を感じ取れない子どもも多い。不快感が優勢で、快適に過ごすことができず、熱い寒いなどの感覚が麻痺しているかのような子どももいる。食事、入浴、排便、着替えなど、ごく基本的な社会的習慣が年齢相応に身についておらず、小学校高学年児でも、着替えの習慣がなかったり、排便の後尻をふけなかったりする子どももいる。給食の時間に座っていられない子どもや、箸の持ち方が分からない子どももいる。盗みやウソをついて周囲を困らせる子どもも少なくない。自己イメージは非常に悪く、被害的で劣等感が強い。小学校2年生で「どうせおれバカだから。」などと頑なになる子どももいる。

こうした子どもたちへの児童養護施設での養育は並大抵のものではない。自分の子どもの子育てでさえ大変なのに、他人のしかもこうした種々の問題を抱えた子ども達を、少ない職員で養育しているのである。国の基準は、子ども6人に職員が一人という。実働時間が日に8時間とすれば、一人で十数人の子どもに対応する計算になる。これを可能と考える常識人は皆無と思うのだが、政治や行政はこれをなかなか変えようとしない。こうした状況ゆえに、施設内で職員からの不適切な対応や、子どもの同士のトラブルから大きな問題へと発展する場合もある。

しかし多くの施設は、脆弱な体制の中でも何とか工夫をして、子どもの回復と健全な育ちのために努力をしている。山下さんもその一人である。それゆえ施設で少しずつでも成長の歩みを見せた子どもが、家庭に戻ってまた虐待を受け、再び心身が傷つくことは、施設職員にとってはあまりにもつらく、許せないことなのである。しかし小山ではそれが起きてしまった。山下さんにとって、それがたまらなく無念であり、その思いがここに足を運ばせたのである。

山下さんは、自分が走ることで、子どもに信じる心と勇気を与えたいと願っている。子どもは抱えた問題ゆえに、物事に上手に対応できず、失敗を繰り返しては、地域や級友から疎まれやすい。だから自分は生きる価値のない存在であると思いがちである。山下さんは、子ども達が「自分は大切な存在である」と気づいてほしいし、「自分でもやればできる」と信じてほしい。そのためにも楽しくやりがいがある体験を積み上げてほしいと願っている。山下さんが走ることを見つけたように。

3.忠犬ハチ公と地域子育て支援

ハチ公像
ハチ公にも
オレンジのたすきが!
山下さんが次に目指したのは、渋谷の忠犬ハチ公像である。ここが一週間後に行われる「湘南・東京子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレー」都心コースのスタート地点となる。ハチ公銅像前がスタート地点と決まるまでには、ハチ公銅像維持会をはじめ、多くの関係者との話し合いが行われた。ハチ公銅像とこの場所を何らかのイベントに使用することは非常に困難と聞く。しかしここをスタート地点とすることをほとんどの人が認めてくれた。しかもハチ公も1日たすきをつけて、虐待防止の呼びかけに一役かうことになったのである。その他の中継所もそうであるが、協力にうかがったほとんどの機関が、話を真剣に聞き、趣旨を理解し、了解してくださる。その度ごとに感謝の気持ちで一杯になるのだが、同時に子どもへの虐待を防ぎ子どもの幸せを願う気持ちは、皆同じであることを痛感するのである。

このスタートを盛り上げようと、準備の段階から渋谷区商店街の有志の方々、渋谷区子ども家庭支援センターの職員の方々が熱心に協力された。子ども家庭支援センターは東京の各区に設置された機関である。区民の子育て相談に応じると同時に子ども虐待対応の前線基地でもある。かつて子ども虐待相談等の要保護児童に関する相談は児童相談所が担うとされていたが、平成一七年の児童福祉法の改正で、市区町村にもその役割をとることとなった。つまり目の届きやすいより小さな地域単位で虐待防止に取り組むシステムとしたのである。そのため虐待通報の窓口にもなり、迅速に状況確認を行う責務も担うこととなった。

渋谷区子ども家庭支援センターでは子育て相談他、子育て教室、短期緊急保護など様々な支援サービスが行われている。家族によっては、経済的な問題、ドメスティックバイオレンス、家族の疾病や障害、養育者の精神的な問題等、子育てに負の影響をもたらすリスク要因を複数抱えている場合がある。子ども虐待の可能性が高いハイリスクの家庭に対しては、より濃厚な支援サービスが必要となる。またこうしたリスク低減に向けた支援には、それぞれのリスクに対応する複数の異なる機関の連携が基本となる。こうした連携の枠組みを要保護児童対策地域協議会(協議会)と呼ぶ。協議会がケース会議を開いて、具体的な支援策を検討する。この協議会の運営とケースの経過状況の確認もこのセンターが担っている。

現在全国のほとんどの市区町村で協議会が設立され、子ども虐待の対応の一次的機関として活動している。子ども虐待は分離を必要とするような深刻な状況を頂点に、その深刻さによって、3つの層からなるピラミッド状となる。頂点の層は子どもを家族から分離して支援を行う約4万件の社会的養護ケースである。中間層が虐待発生の危険性が高いハイリスクケースである。大多数を占める底辺層は一般の子育て支援の層である。市区町村が主に担うのは、大多数が占める下2つの層であるが、ハイリスクケースの中で、虐待状況がより深刻で、子どもの安全が脅かされるケースは、児童相談所が引き継ぎ、子どもの緊急保護も含めた専門的な対応を行うことになる。

子ども家庭支援センターのような市区町村の機関の役割は、地域の中で家族のニーズに適した多様な子育て支援サービスが用意されていることが理想であろう。しかしどんなに良いサービスが提案されたとしても、一般住民の支持がなければ、必要な財政的措置が認められずに事業化へとは進みにくい。行政サービスの充実には世論の後押しが必要なのである。オレンジリボンたすきリレーは、子ども虐待防止の啓発と共に、子どもを大切にし、子育てを尊ぶことのできる社会づくりへの呼びかけでもある。こうした社会をベースに子育て支援サービスが充実することを願っている。

4.山下さんのゴール

山下さんは、真夜中の忠犬ハチ公像を後に、1週間後に行われる湘南・東京オレンジリボンたすきリレーの都心コースをそのままたどることとした。降り始めた冷たい雨が山下さんのシャツを濡らす。サポート車両と連絡を取り合あうための携帯電話が雨にぬれて調子が悪い。品川を抜け六郷橋を越える頃には雨が上がり、夜明けを迎えた。時折激しい眠気に襲われるが、仮眠をとれば余計に体が重くなると、走り続けた。川崎、鶴見を抜け、山下公園に到着したのは午前10時を回っていた。

数知れない海外渡航の歴史を終え、山下公園の桟橋に静かに碇泊し続ける氷川丸。その近くに作られた石のステージ。ここが「湘南・東京オレンジリボンたすきリレー」のゴールとなる場所である。10月31日の日曜日は11月1日から始まる児童虐待防止推進月間のイブにあたる。石のステージを中心とした一帯で、朝から様々なイベントが行われ、そしてランナーを迎える舞台となる。昨年のゴールは横浜みなとみらい地区にある日本丸メモリアルパークであったが、今年はAPECが11月に開催され、みなとみらい地区が警戒態勢に入るため、東に数キロ離れた山下公園がゴール地点に選ばれたのである。

山下さんはここで一息つき、本日のゴール地点である虹センターへ向けて走り始めた。虹センターでは、横断幕とのぼりを立て、正午には山下さんを迎え入れる準備を整えていた。地域の民生委員さんはじめ、たすきリレーの役員など関係者が集まり始めていた。

虹センターは、「湘南・東京オレンジリボンたすきリレー」実行委員会の事務局の一つである。子ども虐待に関する研修、研究、専門相談、情報発信の4事業を展開している施設で、研修に関しては児童相談所長等、児童虐待にかかわる職種の研修を年間26本行っている。実行委員会の事務局は虹センターの他に、日本子ども家庭総合研究所(日総研)とNPO法人虹のリボン事務局が担っている。

日総研は児童福祉を中心とした研究と情報収集・発信を行っている機関である。児童相談所における性的虐待の事実確認面接技法の確立を目指した研究など、現在の日本にとって必要かつ重要な研究を様々行っている。日総研と虹センターは兄弟のような関係でもある。ここの研究員の有村さんは、たすきリレーのホームページや情報発信において中心的な役割を担っている。

虹のリボン事務局は、2008年に設立された団体である。エイズ撲滅のレッドリボンや乳がん防止のピンクリボンなど、リボン運動を支援し、効果的な啓発事業を展開している団体である。テレビなどの番組制作の映像プロ集団でもあり、活動の撮影、編集を一挙に手掛ける。また、実施に際しての出演者交渉、構成台本や、舞台構成なども担っている。これまで3回行った「湘南・東京オレンジリボンたすきリレー」も全て映像編集され、関係機関に配布されている。こうした映像発信は啓発を考えたときに非常に有効である。

実行委員会は、この3つの機関や団体の職員のみならず、グループホーム、児童福祉施設、社会福祉協議会、NPO 団体、企業等様々な分野のメンバーで構成されている。委員の全てがボランティア参加であり、運営は企業等の寄付金による。財政面で非常に苦しい中でこの活動を展開しているのが実情で、個々の財政的な持ち出しも多い。特に映像撮影や編集には相当のコストが必要で、虹のリボン事務局の赤字覚悟の活動には胸が痛くなるほどである。

午後1時、山下さんは虹センターの門をくぐり、集まった人々の祝福を受けてゴールテープを切った。一昼夜走り続けての150Km の完走である。走り切った人の姿は、見ているものの胸の奥に熱くこみ上げるものを感じさせてくれる。この感動は1週間後の「湘南・東京オレンジリボンたすきリレー」につながることとなる。

5.台風の接近と湘南・東京たすきリレーの開催

たすきリレーまでの一週間は、この夏の猛暑から一気に冬が訪れたような底冷えのする寒さが続いた。この夏から秋にかけての気候には誰もが異常気象を言葉にしたくなるほどだったが、その思いを強くしたのがこの時期の台風の発生である。この夏は猛暑であると同時に台風がほとんどない奇妙な夏だった。それなのに秋が一気に深まりかけたこの時期に大型の台風が接近したのである。停滞し発達し続けた台風が、週の中日に動き出し、たすきリレー当日の日曜日に関東に直撃する予報がでた。木曜日の週間天気予報をみると、日曜日に暴風雨のマークが記されていた。大慌てで、中止の判断と雨天対策の確認に努めた。ただ実施の有無を相談した関係機関で中止を求める声が皆無だったことには驚かされた。中には暴風でも走ると言ったランナーもいた。それはそれで心配になったが、とにかく決定はぎりぎりまで待つとし、固唾をのんで台風の動向を見守った。

奇跡が起きた。直撃するはずの台風の進路が南東にそれ、さらにスピードが速まったため、前日の夕方に関東に最接近し、そのまま夜半には千葉県東海上沖へ去っていくことが確実になったのである。金曜日の週間天気予報の「暴風雨」のマークが「曇り時々雨」に変わった。驚いたのと嬉しさは「やった。できる」と叫んだほどである。翌日にもう一度台風の進路を確認し、実行委員や関係機関に予定通りの開催を正式に伝えた。たすきリレーのホームページにも、日曜日の完全実施が大きく記された。

今でも、この天気の回復が不思議でならない。子どもの思考と笑われるだろうが、ランナーや実行委員達の強い願いが天に通じて、台風を吹き飛ばしてくれたように思えるのである。

予報通り真夜中に台風は去り、タスキリレー当日の朝は、雨も風も止んでいた。ここは湘南コースのスタート地点である小田原の児童養護施設ゆりかご園である。施設の玄関にはこれから走る20人弱のランナー、役員、施設の職員の方々と子どもたちが早朝から集まっている。予定通りの午前8時にスタートセレモニーが行われた。神奈川県保健福祉局の中島局長も見られ、セレモニーの中で激励の挨拶をされた。20 名のランナーは10 人ずつの二手に分かれ、ゆりかご園の子どもたちに見守られながら、8時半前に第1 グループが、数分後には第2 グループがスタートした。ランナーは、施設の職員、学校の先生、児童相談所(児相)の職員、神奈川県の加藤部長さんの姿もある。皆笑顔で充実した走りである。最後尾を走るのは山下さんである。小山市のたすきをつけている。1週前に小山から150Kmを完走したばかりなのに、その疲れは全く見せず、今年もゴールまで走るという。

東京では、渋谷区子ども家庭部職員さんの発案で、ハチ公前広場の東急電車モニュメント通称アオガエル内で、子ども虐待防止に関するパネルやチラシを設置、実施日を挟んで前後14日間「オレンジリボン啓発ブース」として展開されていた。いよいよ当日、ハチ公前で都心コースのスタートセレモニーが午前9時に始まった。渋谷区長桑原さん・東京都福祉保健局部長雑賀さん挨拶の後、ハチ公銅像維持会星野さん、大西さんの手によってハチ公像にオレンジたすきがかけられた。ハチ公前で都心コースのスタートセレモニーが午前9 時に始まった。渋谷区長の挨拶の後、ハチ公像にたすきがかけられた。このたすきは、ハチ公のサイズに合うように新たに発注したものである。ビニールでコーティングされ、鍵がかけられるようになっている。発注先は大阪岸和田にある業者である。これまでもたすきは全てここにお願いしている。岸和田にこだわったのは、その地が祭りに人一倍力を入れる地域であり、こうした製品作りには経験と実績を持っていることが一つ、もう一つはあの岸和田事件が起きた地であったからである。岸和田事件は、子ども虐待に対応する者にとって、忘れてはならない大きな事件である。快活で優秀な中学3 年の男児が、実父と内縁の妻から執拗な暴力を受け、食事も与えられず餓死寸前までに追い込まれ、保護されたものの重篤な障害を負ってしまったのである。不登校とされていた子どもの背景に虐待があったことと、中学3年生でも虐待から逃れられなくなることを痛烈に教えた事件であった。子ども虐待防止を訴えるこの活動において、心に刻んでおかねばならない事件の一つであり、その意味からも岸和田産のたすきを私たちは望んだのである。

ランナーと関係者は、しばしの間たすきをかけたハチ公を見つめた。想像以上に似合っていることが嬉しかった。子ども虐待防止を願い、子どもの明るい未来を、私たちと一緒に願っているように感じられた。走る前のランナーの心にやる気と勇気が湧いてきた。

6.井上さんの思い

9時半に都心コースのランナーがスタートした。ランナーの中には、第1 回目から参加し、今回全区を走る予定の井上さんがいる。井上さんは東京都多摩児相の児童福祉司である。児相は虐待対応の中心機関である。虐待が疑われる子どもの安全確認のための立ち入り調査や、虐待を受けている子どもの保護など、行政的権限を行使し家庭に介入できる唯一の機関である。

全国の児相が対応した児童虐待ケース数は統計を取り始めた平成 2 年度の1,101件から一度も前年度を下回ることなく増え続け、平成21 年度は44,211件となった。平成2年度の約40倍を超えたのである。ケース数が40 倍になっても、この間に児童福祉司の数は倍増したに過ぎず、激務の状況が年々深刻化している。虐待ケースの中には、子どもの保護をめぐって家族と対立関係に陥るケースも少なくなく、その対応は困難を極めている。子どもの安全を心配し、家庭訪問を行っても、頑なに拒まれることも少なくない。逆恨みされ、暴言や様々な手段で福祉司が中傷を受けることもある。ストレスフルな職場の代名詞になりつつある。

危機的状況からようやく子どもを保護し、施設入所につなげたとしてもそれで終わりでない。子どもが再び家族のもとで暮らせるように、家族に対しての支援を行うことが必須となる。しかいったん対立関係となった児相が家族の支援を行うことの難しさは想像に難くない。強制的介入と支援という矛盾する対応を行う難しさである。このため児相は、施設、医療機関、学校、民間の相談機関など多様な機関と協働し、役割を分担することで困難を克服し、支援することを目指す。児相にとって多分野協働は必須なのである。しかしこの協働が、困難ケースになればなるほど難しくなる。家族の示す言動も機関や相手次第で移ろいやすいこともあって、ケース対応には誤解が生じやすい。なかなか前に進まない状況にいら立ち、互いが批判的になって、関係がこじれやすいのも事実である。ケース対応よりも、機関対応の方がずっとストレスであるといった福祉司の声も聞く。

井上さんもそうした激務の中で仕事をする一人である。走ることを通じて、様々な立場の人たちがつながり合いたいと願っている。つながり合い支え合うこと。それは井上さんが日々の業務を通して心底願っていることのように思う。たすきを皆でつなぐというとても素朴で単純な活動かもしれないが、そのときは皆が一つになっている。井上さんはそれがとても嬉しくて、だからずっと笑顔で走っている。

1区、2区には、後援企業である資生堂の陸上部のランナーが4 名参加した。資生堂陸上部は、強豪ランナーが集まったチームとして名高く、市民ランナーにとってのあこがれでもあり、一緒に走れるランナーはこの上ない喜びである。資生堂からは一般社員の方もランナーとして参加しているが、こうした一般企業からの参加も年々増えてきた。中でもエキスパート・チャリティ・アソシエーションは、初年度から毎年社内でランナーを募り積極的に参加している企業である。協賛企業として金銭的支援もされ、そのおかげでオレンジリボンが印刷されたランニングシャツを作ることができた。この活動の育ちを温かく見守っている企業で、年々盛り上がりを見せる経緯に目を細め、共に喜びを分かち合ってくれる。今年はフィリップモリスジャパンの社員の方も複数参加した。こうした企業の人たちがこの問題に関心を持たれることは非常に意義がある。専門家だけでなく一般の人々の意識の高揚こそ、虐待防止活動には不可欠だからである。

第1中継点の日本子ども総合研究所を超え、ランナーは第2 中継点の東京タワーに到着した。東京タワーでは午前9時から、原宿ライブハウス・ジェットロボットの協力によるインディーズ系アーティスト10組によるライブリレーが既に始まっていた。東京タワーに到着したランナーは、音楽に迎えられ、集まった人たちの感性を受けながら次にランナーにたすきを引きついだ。ランナーは次の中継点である品川の泉岳寺へと向かった。

7.たすきをつないでいくランナーたち

湘南コースのランナーは、第 1 中継点である心泉学園の子どもたちや地域の方々に迎えられ、第3中継点である、エリザベスサンダースホームを目指した。湘南コースは第4 中継点の茅ヶ崎ファームまで児童養護施設が並ぶ。どの施設でも、子どもたちが大勢集まって、ランナーを応援してくれる。自分の施設の職員がたすきをつけて走る姿に誇らしげである。「子どもを大切にしたい」と願い一生懸命の大人の姿は、どんなに多くの言葉と理屈を語ることよりもずっと子どもの心に響くように思う。その姿は長く記憶されるように思う。

茅ヶ崎ファームを後にしたランナーは、東海道線の架橋をくぐり藤沢橋を越えて遊行寺までの急坂に入った。ランナーの息が一気に乱れてくる。遊行寺は都心コースの泉岳寺と共に各コース唯一のお寺の中継点である。どちらも静かな中継点であるが、凛とした空気がランナーを迎えてくれる。サポートとして同行する役員も含め、興奮気味なテンションをなだめてもくれる。どちらもコースのほぼ中間点に位置づけられ、ほっと一息の場所といえよう。たすきを引き継いだランナーは、次の中継点の西横浜国際病院に向かった。西横浜国際病院では、看護師さんら職員の方々が、ケーキやバナナを用意し、ランナーを温かく迎えてくれた。地域の民生委員の方も応援に来られ、声援と共に次のランナーが走りだした。

都心コースのランナーは泉岳寺を超え、正午前には品川児相に到着した。児童相談所では、職員総出で、チラシ配りなど地域をあげての啓発活動を行っていた。地域の民生委員や主任児童員が多数集まっていた。品川児童相談所でたすきを引き継いだランナーは、このコース最長区間である第5区を走り始めた。いよいよ東京と神奈川県の境界である多摩川を超える時が来た。次の中継点である川崎市富士見公園では、川崎市民祭りが行われている予定だったが、台風の接近でこの週末に中止が決定されていた。ただ中継ポイントとして、設置されたステージはランナーの中継のために残された。天気を恨みながらも、こうしてステージがあることは非常にありがたかった。特にこのコースは、10数キロの長い道のりであることに加え、町工場が多いためか、休日は沿道の応援が乏しいさびしいコースでもある。こうした形で完走をねぎらってもらえることは周囲が思う以上にランナーには嬉しいのである。ランナーは、ここに午後1時過ぎに到着した。東京コースも残すは鶴見中継点のみで、ゴールの山下公園が間近に迫ってきた。

8.盛り上がるイベント会場、山下公園



ゴール地点であり、一日イベントが行われる山下公園石のステージ前では、朝7時から展示ブースの開設やステージ上の音響設置などあわただしく準備が進められた。今回はブース展示数も増え、昨年以上に華やかな雰囲気である。神奈川県のブースでは、リボンの印刷されたエコバックとともに、児童自立支援施設の子ども達と職員が栽培したミカンが配られた。学園の様子や作業する子ども達の様子の写真展示もあって、ミカンの向こう側にあるこれまでの苦労が伝わってきた。子どもと職員の愛情が注がれたミカンは甘酸っぱくて懐かしい味がした。その隣には今回から参加の資生堂事業財団が、「ぐらんまのハッピー子育て応援サイト」など財団の事業や、支援している児童家庭支援センターの紹介を行っていた。資生堂の色彩センスはさすがで、訪れた人々の目を引く。中央のブースではカンガルーOYAMAが、手作りリボンを張り付けて大きなリボンのオブジェを完成させるコーナーを設け、訪れた人たちに呼び掛けていた。横浜市は子どもの塗り絵コーナーを、母子支援施設協議会は施設紹介のパネル展示を行っていた。その隣には、もう一つの初参加であるCROP.のブースである。CROP.はNPO 法人で、イルカセラピーを施設の子ども達等に実施している団体である。セラピーの様子が紹介されていたが、青い海とイルカの写真が多数掲示され、ここだけまるで南国ビーチのようで、ひときわ華やいだ雰囲気を醸し出していた。別のエリアでは明治大学大学院の学生が中心となって子どもの遊び場を提供し、多くの親子が集まってきていた。こうしたブース展示も、学生、民間団体、行政、企業など様々な分野の機関や団体が設置している。このことの意義は大きい。また、今年はボランティアの手作りオレンジリボンが10000 個集まり、会場内のいたるところで、チラシや手作りリボンが訪れた人に配布された。この中心となったのが横浜キワニスクラブや学生、民生委員、里親、議員事務所の方等ボランティアである。さらには大道芸のグル―プである「くりちゃんとゆかいな仲間達」がパントマイムと一緒に子ども達のためにオレンジバルーンの動物を作っては子ども達に手渡してくれている。毎年おなじみのトラとサルの着ぐるみ(学生が中に入ってくれた)も子ども達に大人気である。イベント会場はこれだけの立場の異なる人たちが同じ目的で集ってくれたのだ。

ステージでは、午前10時から、児童養護施設幸保愛児園の子ども達のブラスバンドから始まった。音楽好きの子ども達が集まって、毎日練習を積んでいるということで、練習の成果が見事に発揮されていた。ステージ上のプログラムを進行されるのは、プロの司会者である島田さんとアシスタントの永井さんである。プログラムには2人と2組のプロのミュージシャンによるライブも組み込まれているが、こうしたプロの方々も皆、この活動の趣旨に賛同されてのボランティア参加なのである。ブラスバンドが終了し、正午前にKAT さんのライブが始まった。歌声が山下公園の港に響く、時折船の汽笛が演奏に重なるのだが、それはそれで港町特有の雰囲気が隠し味となっていた。午後に入り、虹センターの川崎氏の司会による座談会が始まった。今回はミュージシャンの成田圭さん、土田聡子さん、プロボクサーで元東洋チャンピオンの坂本博之さん、現役格闘家で、横浜市公立小学校の非常勤講師勤務、元児童養護施設の職員でもあった勝村周一郎さんの4人のパネラーが子ども虐待防止へのそれぞれの思いを語った。この座談会の後、坂本さんは東京コースの最終区を、勝村さんは湘南コースの最終区を走るためにそれぞれの中継点に向かった。

ステージでは、土田聡子さんのライブ、傷歌尊塾のライブへと続く。演奏の盛り上がりに併せて、続々と人が集まり出した。時間は午後2時を過ぎた。

9.ゴールを目指すランナーたち

その頃、湘南コースのランナーが西横浜国際病院をスタートし、横浜市港南区にある永野小学校を目指していた。小学校に到着したのは午後2時を回ったところである。昨年は同日に地区の運動会と重なったが、運動会プログラムに私たちのたすきの中継が組み込まれたのである。多くの地域の方々に声援を受ける中、たすきをつなぐことができ、中継点の中では、一番地元地域とつながった印象のある場所であった。今年は学童クラブのバザー(タケノコバザー)と重なったが、今回も私たちの中継がプログラムとして組み込まれたのである。グランドには100人を超える人たちが集まっている。ランナーが到着する前には、学校の先生とこれから走るランナーがリレー競走を行う等、中継に向けて盛り上がるよう演出されていた。ランナーが到着すると大きな歓声が起き、その中で次のランナーへとたすきが引き継がれた。ランナーの一人はのぼりを手に持ち、グランドを数周して会場を後にした。いよいよ最終区である。ランナーは、ファミリーグループホームの斎藤さんを先頭に、学校の先生、児童相談所職員、児童福祉施設職員、そして格闘家の勝村さんの姿もある。まさに多分野多職種で構成されたチームだ。全20名のランナーが二手に分かれて走行する姿は壮観である。

川崎を後にした都心コースのランナーも、鶴見の第6中継点であるナイス株式会社を通過し、最終7区に入った。ランナーはファミリーグループホームの霜倉さんを先頭に、児童相談所職員、児童福祉施設職員、企業の方、そしてプロボクサー元東洋チャンピオンの坂本さんも元気に走っている。こちらのランナー構成も多分野の人たちからなっている。

子ども虐待への対応は、多分野協働が基本である。しかし機関同士、職種間同士での連携は、簡単なものではない。連携を難しくさせる理由の一つは、自分の組織や専門領域の考え方ややり方が優先されることから起こる。自分の立場にこだわり相手の土俵に乗れないのである。協働するためには、いったんは自分の立場を横に置き、本来考えるべきケースに視点を置き、この軸足をぶらすことなくケースにとって何が必要かを検討することである。その上で自分たちに何ができるか、どうすればできるかを考えることだろう。軸足がぶれて自分や組織の立場ばかりが優先されたら協働は成立しない。そればかりか互いを批判し合い、連携に支障をきたして関係はこじれていく。深刻で対応が難しいケースほど、こうした事態が生じやすい。さらにはこじれた関係に油を注ぎ、ひずみを拡大させるかのように振舞うケースも少なくない。こうして困難状況はますます膨れ上がっていく。子ども虐待への対応において、このことは陥りがちな特徴の一つとして認識した方がいい。対応の難しさはケースのみにあるのでなく、対応するチームのあり様にも起因するということだ。これに気づかない限り、虐待に対応する職員の困難さと疲弊はなくならないだろう。

児童虐待防止を願いたすきをつないで走るという、素朴で単純な行為であるが、参加したランナーはこの目的と行為を共有している。これほど多岐にわたる職種の人たちが、自分の立場も忘れて走っている。まずはここからのように思うし、一つになる喜びと力をかみしめたいと思う。

10.出会いのゴールだ

湘南コースのランナーが一足早く山下公園の入り口に到着した。都心コースのランナーは桜木町を通過し、後数百メートルのところに来ている。予定された時間をやや遅れて、都心コースも山下公園に入った。山下公園は横浜港にそって横に伸びた公園である。横幅が500mほどあり、休日の公園内は市民ランナーや子ども連れの家族で賑わっている。ゴール地点の石のステージは公園東に位置し、停泊している氷川丸と道路を挟んだ公園の反対側にある横浜マリンタワーを直線で結んだ真ん中あたりである。氷川丸の横は、海上バスの桟橋でもあり、多くの観光客が乗下車するポイントだ。両コースのランナーは、公園の西側入り口に入ったところで合流したのである。その後、湘南コースは公園の港側の道を、都心コースは陸側の道をゴールに向けてゆっくりと走りだした。ランナーたちは公園内の人々の目をくぎ付けにしていく。

ステージでは、成田圭さんのライブに、訪れた人たちが足を止め、人の群れが少しずつ大きくなっていく。会場の雰囲気は最高潮である。ライブが終わり、ランナーを待つばかりとなった。ステージ前の人だかりは300名ほどとなった。ステージ上にカンガルーOYAMA が訪れた人たちに呼び掛けて完成した大きなオレンジリボンオブジェが掲げられた。もうすぐランナーが到着するというアナウンスに、訪れた人々も関係者も一緒になってざわつき始めた。

公園の両側にランナーの姿が見えると大きな声援があがった。ステージ前の両側から湘南コースと都心コースのランナーが、走り寄って中央で会った。総勢40 人ほどのランナーが皆一緒に10 メートルほどに張られたオレンジのゴールテープを切った。会場は大きな拍手である。ランナーは皆さわやかな笑顔で、走り終えた充実感が伝わってくる。

ゴールしたランナー全員が、改めてステージに上がると、再び大きな拍手である。ランナーを代表して10名のランナーに小林美智子大会会長から完走賞が手渡された。40名のランナーの中には、それぞれのコース全区間を完走した山下さんと井上さんの姿もある。

会長あいさつの後、岐阜県から駆けつけた石田さんがステージに立った。2週間後に予定されている岐阜県のタスキリレーを代表してここに来られたのである。岐阜県のたすきリレーは3年前から行われたが、その立て役者が当時岐阜県の中央児相長であった石田さんだった。現在は児童養護施設白鳩学園の園長をされている。私たちが小山からたすきを引き継いだように、今度はこちらのたすきを渡す番である。山下ランナーから小山のたすきが手渡された後、私たちのたすきを石田さんの手にお渡しした。石田さんは責任をもって岐阜につなげることを宣言すると会場は大きな拍手である。最後に他の区を走ったランナーや関係者が皆ステージに上がり、成田圭さんと一緒に「翼をください」を合唱、来年もここで会うことを約束し閉会となった。秋の夕暮が近付いていた。少し肌寒い。しかしランナーをはじめボランティアやブース展示の人達など、これに参加した人たちの心の中は温かい。フィナーレ後の感動の余韻はそのようにさえ感じさせた。

ブースやステージの片づけが終わると、またいつもの山下公園の姿に戻った。あたりはすでに薄暗くなっている。集まっていた人の姿も今はもうまばらだ。港の入る客船の汽笛が3回鳴った。子ども達の明るい未来を願う思いを来年にもつながるよう願っているように聞こえた。

第3回『平成21年度実施報告」

実行委員長 増沢 高

1.子ども虐待防止オレンジリボンたすきリレーの実施にいたるまで

3年目を迎えた実行委員会は、春先から昨年度以上の飛躍を胸に今回の計画を練っていた。昨年に引き続き、渋谷からの都心コースと小田原からの湘南コースを設定し、ゴールも横浜みなとみらい地区の日本丸メモリアルパークと決めた。昨年はこの日本丸が工事中で使えず、グランモール公園にゴールを移さざるを得なかった経緯があったため、この会場使用の許可が下りた時は皆で喜び、そして、コースやキャンペーン会場の充実に向けて様々な意見を交わした。過去2回の実績ゆえに、それぞれの案に具体的なイメージを重ねることができ、まさに順風満帆の船出のように思えた。ところが財政面での困難な壁に直面し、全てが振り出しに戻ったような錯覚に陥ってしまった。財政面の協力を求めて様々な機関に訪問あるいは助成申請を行った結果、助成または寄付を得られることができた。嬉しかったのは訪問先のいずれも子ども虐待防止啓発の必要性を強く認識していただき、熱心に説明を聞いてくださったことであり、改めて啓発ということの初心に戻った気がした。また、子どもの虹情報研修センターで行われる研修期間中に募金をお願いしたところ多くの方々が協力をしてくださり、なんとか昨年度と同様の資金を確保することができたのであった。

実は、困難な壁は財政面だけではなく、11月8日をたすきリレーの日と決め会場確保も終えた後、湘南国際マラソン大会の開催が同日と決まったのであった。このマラソン大会は、約2万人のランナーが参加する関東地方で屈指の規模を誇る大会であり、問題となるのがそのコースで、大磯をスタートし江ノ島で折り返すというフルマラソンであるが、我々の設定した湘南コースと重なってしまうのであった。すぐにたすきリレーの日程変更を模索したが、他の行事の関係もあって難しく、次にコースを別に設定する案を考えたが、中継点の関係でうまくいかず途方に暮れることになった。そんなときある実行委員が「湘南国際マラソンと同じコースを一部走らせてもらえないだろうか」と言ったのだ。それが可能であれば2万人のランナーの目にも触れ、もしランナーにリボンをつけて走ってもらえたら大きな啓発となるだろうという狙いもあった。ただこのときは「そんなことは不可能だろう」と委員のほとんどが思い、それでもとマラソン大会の事務局であるランナーズウェルネスに連絡をとってみたところ、会ってお話を聞いていただけることになった。


マラソン大会と共にスタートしたたすきランナー
(湘南・第1区)
ランナーズウェルネスはマラソン大会などのスポーツイベントの企画運営をしている大きな会社で、24時間チャリティマラソンの企画もされているところである。数名の実行委員でうかがうことになったが、このときでも正直「まず無理だろう。話だけでも聞いていただけるだけでありがたい」という気持ちであった。ところが対応された職員の方は、実に熱心に我々の話を聞いてくださり、そして「こうしたスポーツイベントは、単に競争が目的ではないんです。身体と心の両方の健康を目指して行われるもので、子ども虐待防止は心の健康に通ずる重要な意味があり、私たちの目的にも重なります」と話されたのであった。そしてたすきをつけて走ることはもちろんのこと、当日は子ども虐待防止のブースを設置し、ランナーにリボンを配布できるよう検討していただけることになり、その後これらの全てが実現されることになったのだが、私たちの主旨を理解してくださるとても貴重な人たちと出会えたことをとても嬉しく思った。初めからあきらめるものではないことを教えられたのである。

2. 5,000個の手作りオレンジリボンの準備

このようにコースも充実し、キャンペーン会場も、日本丸メモリアルパークに湘南国際マラソン大会会場と東京タワーが加わった。それはとても喜ばしいことだったのだが、そこで問題になったのが配布するリボンの数であった。


湘南国際マラソンでリボンを配布
これまではおおよそ1,000個のリボンを作り配布していた。しかし今回、2万人のランナーが走るマラソン大会ではどれだけ配布できるのか、東京タワーはどうなのか、全く見当がつかなかった。「走る目的のランナーがそんなに受け取ってくれないだろう。500個作れば充分では」から「いや2,000個は必要だ。みなつけて走ってくれる」と意見は様々であったが、結局「数が多くて困ることはない」と多めの予想でマラソン大会会場に2,000個、日本丸メモリアルパークで2,000個、東京タワーに1,000個と見積もったのであった。合計5,000個である。

さて、見積もりはできても、作るのは大変である。10数名の実行委員だけでは到底作り上げることはできず、そこでリボンの作成についても協力をお願いすることとした。様々な方々に声をかけたところ、民生・児童委員や主婦、大学・専門学校の学生たちなど、実に多くの方々に協力していただき、10月中旬までには目標の5,000個に到達したのだ。何事にもこつこつとした歩みが必要なこと、こうした草の根の取り組みこそが啓発活動に命を注ぐことであることを実感した。作られた方々の思いのこもったリボンである。心こめて配布したいと心底思ったのであった。

3.たすきリレーコースの設定


遊行寺までの急坂を駆け上がるランナーたち(湘南・2区)
こうして湘南コースは湘南国際マラソンのスタートと共に第1区が始まることとなり、約14km先にある児童養護施設茅ケ崎ファームからを第2区とした。第2区の終わりは遊行寺に決まった。遊行寺は一遍上人の踊り念仏で有名な時宗の総本山である。遊行寺の住職の方も、中継点になることを快く了解してくださった。都心コースの泉岳寺とともに、東西それぞれのコースで寺院が一つずつ中継所となったのである。遊行寺から始まる第3区の終わりは西横浜国際総合病院であった。昨年から中継所として協力していただいている唯一の病院である。4区から最終区への中継は、3年目にして初めて小学校のグラウンドが舞台となった。横浜市の港南区にある永野小学校である。これまでも永野小学校の先生方はランナーとして参加されていたが、今年は中継所として利用することを快諾してくれたのである。しかも当日はその地域の複数の町内が集まっての運動会ということで、うまく協働できるよう校長先生が町内会に声をかけてくれたのだ。我々も永野連合町内会にお邪魔し、趣旨の説明と当日のご協力をお願いしたところ、「それならば」と運動会のプログラムの中に応援の企画を組んでいただけることになったのである。大変ありがたく思うと同時に、このたすきリレーがようやく地域の方々に届いた実感を抱いた瞬間もあった。


都心コースのスタートを切ったランナーたち
都心コースも充実した。これまでは渋谷の東京都児童会館から日比谷公園を経て泉岳寺に向かうコースだったが、休日のこの辺は平日とうって変わって人がほとんどいないコースでもあった。そこで東京都児童会館をスタート後、実行委員会の事務局の1つである日本子ども家庭総合研究所(子ども総研)を第1中継所とし、次の中継所に東京タワーを候補と考えた。ここには多くの人たちが集まる。東京タワーに相談に行ったところ、ここでも快諾を得られたのであった。しかも数時間にわたるキャンペーン活動も可能になり、「あの東京タワーが本当に決まったの?」と、運営委員の多くが耳を疑ったが、まぎれもない本当のことであった。東京タワーの後はおなじみの泉岳寺である。一つの行事も3回目になると、ある種の象徴的な場所、物、営みができてくるものである。その一つが泉岳寺で、もはやたすきリレーにはなくてはならない中継所となった。泉岳寺から始まる4区の終わりとして品川児童相談所が決まった。東京都はたすきリレーの1回目から後援となっていたが、今回は品川児童相談所を中継所にしてくれたのである。しかも地域の要保護児童対策地域協議会のメンバーの方々や民生委員の方々も応援してくださることになったのである。

4.湘南コース

当日の朝、湘南国際マラソンのスタート地点である大磯ロングビーチには、7時前にはすでに多くのランナーが詰めかけていた。最寄りの大磯駅と二宮駅からは、ロングビーチに向かう一般ランナーが列となって移動している。たすきリレーキャンペーンブースは、ロングビーチに入ってすぐの、皆の目に留まるとても良い場所に設置してくれた。「ランナーはリボンをつけてくれるだろうか」、「2,000個のリボンは配布できるだろうか」これが我々の不安だったが、始まってみるとランナー次々と受け取ってくれるのである。「子ども虐待防止」ののぼりを見て、わざわざリボンをとりに来てくれるランナーもおり、9時のスタートを待たず、ほとんどのリボンがランナーの手に渡った。「もっと作ってくれば良かった」というのが終わってみての感想である。


地域の運動会が中継点に(湘南・第4中継所・永野小学校)
9時に一般ランナーとともに8名のたすきを着けたランナーがスタートした。その周りにはリボンをつけてくださったランナーもたくさん走っていた。14km先の中継点では、第2区のランナー役員が「子ども虐待防止」と書かれたオレンジ色ののぼりをもって待ち受ける。リボンをつけた一般ランナーがのぼりを見て「リボンつけてるよー」などと声をかけてくれた。リボンを配布した喜びをかみしたのであった。第2区の起点である茅ケ崎ファームでは、たすきリレーのスタートセレモニーを行った。そこにマラソンコースからのたすきが運ばれてきた。第1区を走ったランナーは、別のたすきをつけてフルマラソンをそのまま走り続けた。その中には、第1回のたすきリレーで全区を駆け抜けた者や2回目に都心コース全区を走った者、そして、厚生労働省元虐待防止対策室室長の姿もあった。茅ヶ崎ファームでは神奈川県子ども家庭福祉課の挨拶の後、運ばれたたすきをランナーが身につけ、来賓の方や茅ヶ崎ファームの子どもたちの前に整列した。子どもたちによる元気な応援パフォーマンスを受け、ランナー代表の掛け声とともに10数名のランナーたちは横浜に向けて走り出した。この日は七五三の参拝に訪れた家族の方々をたくさん見かけ、第2中継所である遊行寺に向かう途中、こうした方々からも大きな応援を受けた。その声は藤沢から戸塚に続く急坂を上るランナーたちの大きな励みになったのであった。遊行寺で3区のランナーにタスキが渡った。秋の日差しが走り終えたランナーの額の汗を輝かせており、境内の前で全員に完走賞が手渡された。第3区を担うランナーたちは横浜に入り、国道1号線を進んで戸塚区の西横浜国際総合病院に到着した。病院では看護師さんたちが迎えてくれ、ランナーをもてなしてくれた。病院でたすきを受けた第3区のランナーは、元気に戸塚駅を超え地下鉄沿いに下永谷に向かった。最後の中継所である永野小学校では200名を超える地域の方々の運動会が盛大に行われている。会場では「後10分でたすきリレーのランナーが到着いたします」と放送され、運動会のプログラムが一旦中断された。町内会長さんの音頭で最終ランナーの紹介やランナーを迎え入れる練習も始まった。練習も終り皆がグランドの入口を見つめる中、ついに10数名のランナーがグラウンドに入ってきたら、大きな声援がわいた。グラウンドを一周したランナーたちは朝礼台の前で次のランナーにたすきをつないだ時には、拍手喝采になった。中継所でこれだけ多くの人たちに声援をもらったのはたすきリレー始まって以来のことである。地域の方々と一つになれた喜びと地域の方々の底力を感じながら、最終ランナーは永野小学校を後にしてゴールを目指した。

5.都心コース


六郷橋を渡るランナーたち(最長区間の都心5区)
都心コースでは昨年同様、スタートセレモニーが東京都児童会館で行われ、第1区のランナーがスタートした。その中には、昨年の実行委員長の姿もあった。ランナーたちは麻布の日本子ども家庭総合研究所(子ども総研)を目指した。子ども総研はたすきリレーの事務局を担う機関の一つで、子どもの福祉や医療に関する数多くの研究を行っている機関である。このタスキリレーでは都心コースにおける企画や運営の中心を担っていた。また今年からたすきリレーのホームページが公開されたが、それは子ども総研の職員の方々の技術の賜物である。続いて、子ども総研からの第2区のランナーは東京タワーを目指した。東京タワーでは、入口に飾られた大きなクリスマスツリーの前にステージが置かれ、インディーズの方々によるライブ演奏が行われていた。観光バスから降りる多くの観光客に、オレンジリボンやチラシが配布された。ランナーが到着し、次のランナーにたすきが渡った。ランナーの中には海外から参加された方もいた。観光客の方々の大きな声援を受け、次の中継所、泉岳寺に向かった。泉岳寺は東京コースの他の中継所と違って静寂な雰囲気を醸し出し、訪れるものを凛とさせる。ランナーも心なしか背筋がのびて、たすきをつないだ気がした。ランナーは次の中継所となる品川児童相談所に向かう途中、道に迷うトラブルもありましたが、すぐに正規のルートに戻ることができた。品川児童相談所が近づくと、驚いたことに消防署の職員の方が交通整理をしてくれていた。安全に走行できるよう配慮してくれたのであった。品川児童相談所では、たくさんの地域の方が集まっており、職員の方はオレンジのジャンパーを身に着け、リボンやチラシ、そしてリボンが印刷された風船を地域の方々に配っていた。ここで中継されたたすきとランナーたちは、次の川崎市役所へ向かった。この第5区は都心コースの中で最長の約14kmを走行する。ランナーは多摩川を渡り、川崎市役所に到着した。ここからはじまる第6区のランナーは、当初川崎駅前を徒歩にて進み、虐待防止を訴える予定だったが、タイムスケジュールが大幅に遅れていたことで中止とし、急ぎ次の鶴見の中継所であるナイス株式会社に向かうこととなった。遅れを取り戻そうとランナーのペースが徐々に速くなっていく。そしていよいよ最終区のランナーにたすきがつながれた。そこにはボクサーの坂本氏の姿もある。10数名のランナーは、8km先のゴールに向かって走り続けた。

6.キャンペーンとゴール





メモリアルパークでは、10時からキャンペーンのイベントが始まった。司会は昨年度と同じく築地氏とアシスタントの永井氏がイベントを進行する。ステージでは、ヒップホップダンスチームのBoozerと、ドラムのユニットパフォーマンスが始まり、軽快な音とリズムに道行く人が引き寄せられた。続いてシンガーソングライター土田聡子氏の歌声がしっとりと会場に流れた。会場内では多くの機関がブースを設置してキャンペーンを盛り上げた。横浜市のブースでは子どものお絵かきコーナーの他、アニメのキャラクターが登場して会場内を回った。関東学院大学の学生たちによる子どもの遊び場コーナーもあった。NPO法人カンガルーOYAMAは、今年もオレンジリボンオブジェ制作を企画し、イベントの後半にはたくさんのオレンジリボンでできたオブジェが完成した。NPO法人児童虐待防止全国ネットワーク事務局は、公募によるデザインのチラシなど、神奈川県はオレンジリボンがデザインされたエコバック等を配布した。川崎市あゆみの会は養育里親の啓発を行い、母子生活支援施設協議会は、母子生活支援施設をアピールした。ブース設置数は今までで一番多く、子ども虐待防止に関係した様々なキャンペーンが会場を盛り上げていたのであった。

昼のステージでは、プロボクシング元東洋チャンピオンの坂本博之氏、シンガーソングライターの成田圭氏、そして大竹佑季氏による子ども虐待防止についてパネルディスカッションが行われた。進行は子どもの虹情報研修センターのスタッフが務めた。坂本氏は児童養護施設出身者であり、成田氏は児童養護施設の保育士であった。坂本氏の子どもたちの幸せへの熱い思いが印象的であった。パネルディスカッションの後、坂本氏は都心コースの最終中継所であるナイス株式会社に向かった。最後の第7区を走るためである。

会場のエリア周辺では、12名の大道芸の方々がパントマイムや風船オブジェを作って道行く方々の視線を集めた。彼らは「くりちゃんと愉快な仲間たち」のメンバーで、毎年このイベントに駆けつけてくれる。また築地氏と永井氏が、逐次ランナーたちの動向をみんなに伝えた。昼過ぎには湘南コースのランナーたちは永野小学校近くに、都心コースのランナーたちは品川児童相談所に迫っていることが伝えられた。またときどきモニター映像を通してランナーたちの様子が映し出された。

午後は大竹氏のライブがあり、ギター演奏とのセッションがとても素敵であった。そして成田氏のライブが続く。成田氏の働いていた児童養護施設は神奈川県にある。成田氏と関わった子どもたちは成田氏の夢をおい続ける姿を目の当たりにし、きっと勇気づけられたに違いない。ブラインドバードは本当に素晴らしい曲であった。

午後2時を過ぎ、日本丸もいよいよランナーを待つばかりである。2時半を過ぎ、まずは湘南コースのランナーの姿が見えた。大きな歓声の中ランナーたちが走ってくる。そして15名程のランナーが皆一斉にゴールした。今回のゴールテープはNPO法人虹のリボン事務局による手作りで、全長20メートルのまん中に「子どもに明るい未来を」のロゴが入っている。昨年以上に迫力のあるフィニッシュとなった。都心コースは予定より遅れているようであった。前回よりも2区多い全7区としたために、中継に時間がかかってしまったのであった。その都心コースのランナーたちも3時半にはゴールを果たし、感動のフィナーレであった。大会長より完走賞が贈られた。そこにフルマラソンを走り終えたランナーも、何人か会場に到着した。さすがに疲れた表情であったが、足取りは元気そうで驚くものであった。ステージに上がりねぎらいの拍手を受けた。

たすきをつないだ全てのランナーと実行委員も次々にステージに上がり、皆で万歳三唱。そして3人のシンガーソングライターとともに、会場の方々も一緒皆で「翼をください」を合唱した。最後に司会者からこのたすきを次につなげていく合言葉、「来年も会いましょう」の掛け声で幕を閉じた。

7.たすきリレーを終えて


感動のゴール
子ども虐待の対応には、多くの職種や機関の協働が必要となる。しかし協働は言うが易く、実現には困難が伴うことも事実である。子どもの幸せに中心軸を置くべき連携が、職種や組織の考え方や価値観に引きずられ、軸がぶれてしまうことが少なくない。一つの目的を達成するためには、個々の分野の立場や事情はいったん横に置いて、可能な限りできることを模索するという姿勢がそれぞれに求められている。啓発活動としてこのたすきリレーを実施する意味はここにある。児童福祉施設を中心に始まったこのたすきリレーは、児童相談所、学校、企業、学生や一般の方々へとその輪は広がってきている。湘南国際マラソン大会、永野小学校、東京タワー、品川児童相談所、そして日本丸メモリアルパークなど、随所でその広がりを実感した。また子ども虐待防止と子どもの明るい未来を創造することに多くの賛同者がいることも実感した。そして、それぞれの立場は違えど、大切にすべき大きな目的のためには、縦割りや縄張り意識などの垣根を越えて皆が一つになりえることを学んだ。子ども虐待防止における多分野協働は、子ども虐待対応の歴史の長いアメリカやイギリスでも難しい課題とされている。しかし、こうしたたすきリレーにこれだけの人たちが立場を超えて集まれる日本は、この課題克服に大きな可能性を秘めた国なのかもしれない。オレンジのたすきがランナーからランナーへと引き継がれていく光景を目の当たりにするたびに、そのような思いが湧いてきた。

そして今年も岐阜県と山口県でオレンジリボンたすきリレーが実施された。2回目となる岐阜県では3コースを設定し300名のランナーが走行した。私たちは、こうやって少しずつたすきの輪が広がっていくことが嬉しく、またそれぞれが励ましあってたすきを来年へとつなぎ、より大きな輪ができることを願っている。

第2回『オレンジリボンたすきリレーへの思い・2」

子どもの虹情報研修センター 増沢 高

1.たすきを今年につなぐ


たすきリレーと子ども虐待防止のチラシ
昨年は、第1回のオレンジリボンたすきリレーが実施できたこと、ただそのことにひたすら感動し、協力していただいた皆さんに感謝しつつ暮れを迎え、平成19年の幕が開きました。箱根から東京につないだたすきを今年につなぐこと。実行委員会にとって、このことが何よりもの願いとなりました。昨年あった各方面からの貴重な協力が今年も得ることができるだろうか。不安を抱きつつ、達成への願いを初詣にこめました。

この企画は、一部の人間だけでできるものでなく、実施に向けた組織作りがとても重要です。つまり実行委員会をより強力な組織にするということです。年が明けてまず取りかかったことはこのことです。関係する方々に、たすきリレーの主旨を改めて説明し、理解をいただけるようお願いしました。嬉しかったことは、どこにお伺いしても、昨年以上に気持ちよく話を聞いていただき、前向きな支援を約束していただいたことです。児童虐待防止全国ネットワーク、日本子ども家庭総合研究所、神奈川県児童福祉施設協議会、東京都社会福祉協議会児童部会の従事者会、母子生活支援施設協議会、川崎里親会などが正式に実行委員会に加わりました。また、昨年に引き続き後援していただいた厚労省に加え、今年は、東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、横須賀市にも後援していただきました。6月以降毎月実施された実行委員会には、神奈川県、横浜市、川崎市の方も、積極的に参加され、実施に向けて様々な援助をいただくことになりました。また昨年のたすきリレーは本当にお金がなく、関係者が持ち寄ったわずかな財源で、なんとか実施したのが実情でした。今年はこども未来財団に共催となっていただき、財政的な援助をしていただきました。このことは大変大きな力となり、実行委員会で出される企画案が、財源的裏付けを得たことで、骨格に、肉がついていくように、具体的なイメージをもって実現の方向に動きだしました。実行委員会は、昨年を凌駕する組織力と実行力を持つことができたのです。

2.湘南コースと都心コース、ゴールは横浜みなとみらい


渋谷を走るランナーたち(都心コース)
昨年は、たすきリレーの進行に併せ、いくつかの中継ポイントで、リボンや啓発用チラシの配布、和太鼓の演奏などのキャンペーン活動を行いました。今年は、より規模の大きいキャンペーンを、ゴール地点で丸1日行うこととしました。そうなるとゴールをどこにするが極めて重要なポイントとなります。昨年は箱根駅伝に倣って、読売新聞東京本社前にしたのですが、丸1日キャンペーン活動を行うためには、人通りの多い広い場所が必要となります。昨年を振り返ったとき、キャンペーン会場としては一番人が集まり、盛り上がりを見せた横浜みなとみらい地区の日本丸メモリアルパークが候補に挙がりました。しかし、ゴールを横浜にすれば、たすきリレーはどうなるのか。東京につないでいけないではないか。これはまた大問題です。思案の末、箱根からのコース(湘南コース)と東京からのコース(都心コース)を設け、両者が一緒になってゴールするという案が浮かびあがりました。これはコペルニクス的発想の転換でした。10数名ずつの両コースの最終ランナーがゴール地点で出会う。「これはいいね」ということで皆一致しました。実をいうと、この案は、昨年のたすきリレーの後、神奈川県児童福祉施設協議会の副会長である長井先生が私に告げた案でもありました。
みんなそろってたすきをつなぐ(湘南コース)
その時には、そうした発想についていけず、「東京につなげなくては駅伝にあらず」と私の硬い頭は反応しなかったのですが、「そうだ、そういえば長井先生がおっしゃっていた」と、このとき思い返し、その柔軟な発想に改めて頭が下がりました。さっそく日本丸メモリアルパークに連絡を取りました。ところが横浜開港150周年を来年に控え、10月から改修工事に入るということで、使用できないことが分かりました。「ゴールがない!」これは、ショックでした。他の会場はないかと、横浜の公園を管理する横浜市環境創造局に相談に伺ったところ、グランモール公園の存在を知りました。ここは、日本丸メモリアルパークと同じ、みなとみらい地区にあり、横浜美術館前の広大なエリアが公園になっているのです。噴水池が2つあり、それを挟んだ空間にステージが設置できそうです。さまざまな条件を確認し、「ここしかない」とすぐに決定しました。

3.キャンペーン会場の充実


いとしのエリーズ 最高!


オレンジリボンオブジェ制作に参加するご家族
ゴールは決定しましたが、この場所は、人の流れはあるものの、あまりに広大なエリアゆえに、催し物に工夫を凝らさないと、人々が立ち止まってくれないのは確実のようでした。この日から、イベントのアイディアが浮かんでは消え、また浮かんではを繰り返しながら、少しずつキャンペーンの中身がかたまっていくという作業が続きました。案はあっても、それを担ってくれる人たちがいなければ何にもなりません。予算にも限りがあり、ステージの設置だけで、そのほとんどが消えてしまいそうです。魅力的で実施可能な企画を組み立てていくこと、これはなかなか大変なことでした。

ステージ以外にも、会場内に複数のテントを張って趣向の異なるブースを設け、キャンペーンを行うこととしました。児童虐待防止全国ネットワークをはじめ、横浜市、川崎市里親会、母子生活支援施設協議会がブースを持つこととなりました。昨年オレンジリボンオブジェを企画したカンガルーOYAMAも、もちろん参加です。また同様に会場を盛り上げていただいた大道芸も、今年は10数名も参加していただけることとなり、パントマイムに加え、オレンジのバルーンアートを子どもたちに配ることとなりました。着ぐるみキャラクターも登場し、子どもたちにも親しみのもてる雰囲気作りを考えました。学生やキワニスクラブの方々がボランティアとして協力していただくことになり、その人数も日を追うごとに増え、最終的には30名を超えました。ステージ上では、BOOZERのヒップホップダンス、土田聡子さんのライブ、夢幻の和太鼓、そしてサザンオールスターズの究極のコピーバンドであるいとしのエリーズのライブ演奏、さらには関東学院マーチングバンド150名によるパフォーマンスなど盛りだくさんの内容になりました。驚くのは、皆ボランティアであるということです。丸1日の長いプログラムで、それを仕切るプロの司会者である築地さんは昨年に引き続きその役を担い、さらには新人タレントの永井さんが、このイベントを聞きつけ、アシスタントとして、プログラムを盛り上げてもらうことになりました。このお二人もまた、ボランティアです。主旨に賛同されて自ら名乗り出ていただいたのです。感謝、感謝、そして感謝です。こうして多数の方々の善意ある協力のおかげで、イベントが魅力あるものへと組み立てられていきました。子ども虐待防止には、さまざまな立場の人たちの連携と協力が不可欠で、オレンジリボンたすきリレーには、こうした協働への呼びかけと、それが実現することへの願いが込められています。昨年も感じたことですが、こうした願いが、準備の過程で、すでに叶い始めているのです。今年もそのことを、強く感じたのでした。

4.ランナーたちの多分野協働


笑顔とともにたすきがつながれていく(湘南コース)
都心コースと湘南コースはそれぞれ6区間で設定されました。都心コースは渋谷にある東京都児童会館がスタートで、日比谷公園、泉岳寺、品川区民公園、川崎市役所、鶴見のナイス株式会社とたすきをつなぎ、ゴールのグランモール公園をめざします。昨年に引き続き中継所を快諾していただいた泉岳寺をはじめ、公園、市役所、株式会社と多彩な中継所が並びます。このことも多様な立場の人たちの協働を訴えるオレンジリボンたすきリレーの特徴であり、狙いでもあります。各区を10名ほどのランナーが昨年同様オレンジ色のたすきをかけて走ります。総距離は約50Kmです。湘南コースは小田原にある児童養護施設ゆりかご園をスタートに、エリザベスサンダースホーム、茅ヶ崎ファームと児童養護施設を中継した後、西横浜総合病院、港南ふれあい公園と続き、ゴールを目指します。総距離は約60Kmです。

集まった各区のランナーは、児童養護施設、児童相談所、学校、企業、学生、地域住民の方など、これもまた多彩な方々が集まりました。顔ぶれの多彩さは昨年以上です。こうした取り組みが、多分野協働へと展開している手ごたえを確かに感じました。そして今年はオレンジリボンのマークがはいった揃いのTシャツを着て走ることになりました。

5.うれしい知らせ

たすきリレーの準備を進めている中、うれしい知らせが飛び込んできました。昨年のオレンジリボンたすきリレーを知って、岐阜県でもたすきリレーを行うために実行委員会が立ち上がり、実施に向け準備に入ったというのです。実は昨年、中心となって進めておられる岐阜県中濃子ども相談センター(児童相談所)の石田所長からお電話をいただき、どうしたら実施できるかの相談を承ったことがあります。そのときは、こちらで使った関係書類の必要と思われる全てお送りし、ぜひ実施して欲しい旨をお伝えしました。それが確実にうごきはじめたということです。大変うれしいと同時に、今年のたすきリレーの実施に向けて、大きな勇気をいただきました。また鳥取県でも、米子児童相談所の松村所長を中心に、オレンジのたすきをかけてパレードを行うことになったということです。

昨年から今年につなごうとしているたすきが、関東から岐阜県や鳥取県にもつながったわけです。実行委員会のメンバーは皆、感慨を持って受け止めました。そしてこうした環がさらに広がっていく願いを抱きました。

6.たすきリレー当日


雨にもかかわらず、ステージ前は大賑わい


大道芸の皆さんもキャンペーンに協力
11月9日、日曜日。この日の天気予報は曇り、雨は降らないものの、かなりの冷え込みが予想されるとのことでした。当日の朝は確かに肌寒く、11月初旬にしては想定外のものでした。8時半を回り、小田原と渋谷のスタート地点では、セレモニーが始まりました。小田原では、神奈川県小田原児童相談所の栗原所長はじめ、多くの方々が集まってこられました。ゆりかご園の子どもたちも応援してくれています。神奈川県保健福祉部こども家庭課の芝山課長はじめ、関係の皆さんのご挨拶を終え、第1区の堀尾ランナー代表の宣誓の後、10名のランナーが園の門から飛び出しました。10人のランナーが同じスタイルで走りますから、とてもインパクトがあります。揃いの白いTシャツにオレンジのたすきが輝いています。あるところでは施設で暮らす子どもたちが、あるところでは病院の患者さんが心をこめて応援してくれます。

東京でも、多くの関係者が集まりました。東京都の児童相談所担当の国吉課長や日本子ども家庭総合研究所の小山部長など、関係の皆さんが挨拶を終え、号砲とともに、ランナーが走り出しました。ランナーには厚生労働省元虐待防止対策室室長の伊原さん、東京都福祉保健局の吉岡部長もいます。渋谷は多くの人たちでにぎわう街で、ランナーの姿は、多くの人々の注目を集めました。

ゴールであるグランモール公園では、ステージやテントの設営も終わり、10時頃にはキャンペーンイベントが始まりました。ステージでは、ヒップホップダンスや歌、和太鼓などの演奏が続き、ステージの外では、大道芸や着ぐるみのキャラクターが通る人たちの関心を集めます。学生やキワニスクラブのボランティアの方々が、リボンを配布します。横浜市のブースは、塗り絵などを行い、子どもたちが大勢集まっています。ランナーの進行状況もステージ横のマップを使って随時伝えられました。

7.今年も感動のゴールへ


感動のゴール!
寒くはあったものの、たすきリレーもキャンペーン活動も順調に進んでいました。ところが午後1時過ぎた頃から、雨がポツリポツリと落ちてきたのです。天気予報は曇りでしたので、すぐに上がるだろうと高を括っていたのですが、雨雲は黒く厚くなっていき、雨が上がる気配はありません。冷たい小雨が降りしきる中、それでもランナーは歩を進めて行きます。周囲からの声援にも元気な声で応えています。

冷たい雨は、キャンペーン会場にも降り注ぎます。これはいくつかのイベントにとって致命的でした。残念だったのは、マーチングバンドです。150名のメンバーが会場に入り、楽器も運ばれたところで、雨が降り始めたのです。雨は管楽器にとって最悪であるし、何より濡れてすべる足場は、演奏者にとってきわめて危険なのです。降り止まない雨をうらみながら、断腸の思いで、中止を決定しました。

すでに午後2時を回っていました。ステージにテントを張ることで、楽器や音響機材は雨から守ることができました。そして、いとしのエリーズの軽快な音楽が流れ始めました。テレビ出演したというほどの、さすがの名演奏で、みるみるステージの前には人だかりができていきます。オレンジリボンたすきリレーのジャンパーを身に着けたスタッフたちも一緒に音楽に合わせて身体を動かしています。キャンペーンも終焉に近づいたこともあり、もうノリノリなのです。

3時半になり、演奏も最終曲に入りました。東京コースのランナーは、すでにグランモール公園内に入り、湘南コースの到着を待っています。「一緒にゴールをする」これが、このイベントに用意された、最高のフィナーレなのです。曲の終わりが近づいたとき、湘南コースのランナーたちが姿を見せました。ステージに向かって、東京コースのランナーたちが右側から、湘南コースのランナーたちが左側から走ってきます。そして、ステージに駆け上がった数十人のランナーは、皆オレンジのたすきを両手で掲げて、一緒にゴールテープを切りました。ランナーの中には、元プロボクサーで東洋チャンピオンだった坂本選手の姿もありました。

オレンジ色に輝くたすきは、去年から今年に、時を越えてつながりました。実行委員会の小林会長から、最終区のランナー一人ひとりに完走賞が手渡されました。寒くて冷たい雨なのに、皆笑顔でした。大切なことを成し得た、そんな満足そうな笑顔でした。日本子ども総研の柳沢所長や虐待防止対策室の杉上室長など、多くの方々のご祝辞をいただき、総合司会の「来年も会いましょう!」の呼びかけとともにフィナーレとなりました。

8.たすきリレーを終えて

それから数週間たった今、当日の雨を恨む気持ちが多少残っているものの、昨年以上の盛り上がりを見せたことへの感動と感謝の気持ちが、日に日に強くなっているのを感じています。

私たちの後に行われた岐阜県のたすきリレーと鳥取県のパレードには、こちらのたすきも参加させていただきました。両キャンペーンは見事な成功を収めたそうです。

先日岐阜県で虹センター主催の研修会が開催されました。その際に、石田所長さんが、当日の写真をわざわざ会場まで届けに来てくださいました。大変ありがたく拝見させていただきました。そしてそこにも、やはり多くのランナーたちの笑顔が溢れていたのです。どこで走るランナーもその笑顔の素晴らしさは同じなのです。

たすきの輪は、笑顔の輪として、広がり始めていることを実感しました。

さあ、今度は来年へ、そしてさらに多くの地域へ、たすきとその笑顔をつなぎましょう。

第1回「箱根─東京間オレンジリボンたすきリレー」への思い

子どもの虹情報研修センター 増沢 高

1.東京マラソンでのこと

まだ寒い2月の中旬。この日は早朝から降りしきる冷たい雨の日でした。初めて開催される東京マラソンの当日です。銀座や浅草など東京の名所がコースに設定されたことで人気が殺到し、約3倍の抽選の結果、幸運なランナーだけが走れたマラソンです。筆者もその幸運の一人でした。だからなんとか完走を、と昨年の秋からコツコツとランニングを重ねているうち、ふと「せっかく走れるのだから、子ども虐待防止をアピールしよう」との思いがわいて来ました。そこでオレンジリボンキャンペーン事務局にお願いしてリボンが胸に印刷されたTシャツをいただき、さらに願いを込めて「子どもに明るい未来を」と背面に印刷して着ることにしました。かぶる帽子にもリボンをいくつか着けました。スタート前は寒さと雨で憂鬱な気分でしたが、スタートを切った後の2万人が一斉に走る光景は壮大で、一気にアドレナリンが体中に満ちてくるようでした。ただ子ども虐待防止のアピールとなると、これだけ人の中ではさすがに自分のTシャツを見る人など皆無だろうと思いました。ところが10km20kmと進み、ランナーも少しずつ縦長になってくると、「オレンジ頑張れ」とか「虐待頑張れ」(虐待を頑張ってはいけませんが・・・)などと沿道から声がかかり始めます。中には後ろから来たランナーが「子どもは大事だね、良いTシャツだね」と声をかけてくださいました。「日本は子どもに充分なお金をかけない、子どもを大切にしない」などと愚痴をこぼすことが多い自分でしたが、子どもの幸せを願う市民の気持ちはまんざらでもない、いやむしろ思う以上に強いのではないかと思えてきました。マラソンはなんとか完走し、心地よい疲労とともにひとつのアイデアが浮かんできました。それがこのたすきリレーだったのです。あの箱根駅伝のように、オレンジリボンをオレンジのたすきにして、箱根から東京までつないで市民にアピールすることができないだろうか。子ども虐待対応には、複数の援助者、職種、機関の良質な協働があって初めて前に進んでいく。こうした皆が協力して力を合わせる、子どもの未来に向けて力をつなぐといったイメージとたすきリレーのイメージが心の中でぴたりと重なって動かなくなったのです。「なんとか実現したい」、日に日にその思いは強くなりました。

2.実現に向けての困難さ

こうした思いを、センターの平山部長や横浜市ファミリーグループホームの斉藤さんといった身近な方々に相談したところ、皆頷いて賛同され、実現に向けて共に歩み始めることとなりました。ところがいざ計画し、実行に移すとなると多くの困難に出会うことになりました。様々な機関に出向き説明する度に、多くの心配や不安、計画の甘さなどが指摘されました。厳しい批判もいただきましたが、その多くはもっともと頷けるものでした。その一つ一つをなんとか解決し、前進の兆しが見えると、また次の障壁が生じてくるといった状況が続き、もう諦めるしかないと何度も思いました。たすきや横断幕の作成、コース設定、タイムスケジュールの設定、警察への許可申請、ランナーの選出、ランナーの保険、安全対策、荷物の運搬方法、中継点やキャンペーン会場の設定、キャンペーンの計画、オレンジリボンの制作、関係機関への後援依頼、スポンサー探し、寄付金の募集などなど、日々の仕事に携わりながら取り組むのは、正直きついものでした。しかし障壁「箱根─東京間オレンジリボンたすきリレー」への思い子どもの虹情報研修センターばかりではありませんでした。この計画を聞きつけて、協力、後押ししてくれる方々が、次々と参加され始めたのです。そのおかげで、走るランナー希望者は増え、キャンペーンの中身がぐっと充実していきました。立場の異なるさまざまな人たちが力を合わせてひとつのことをなし得る。それを示そうと考えたたすきリレーでしたが、この段階で、すでにその願いがかないつつあることに気づかされ、とても勇気づけられました。この感動は一生忘れないと思います。

3.たすきリレー初日


緊張のスタート
11月23日、たすきリレーの初日を迎えました。スタートはあの箱根駅伝でも名所である箱根恵明学園です。ここから東京大手町の読売新聞本社前まで、全15区間115kmを各区6名から10名のランナーがたすきをつなぐことになります。オレンジのたすきの前面には東京マラソンで背中に印刷した「子どもに明るい未来を」を採用していただき、紺の刺繍と印刷で施されてます。背面には「STOP 子ども虐待」と記しました。この日は晴天。箱根の紅葉はみごとで、オレンジ色に輝く楓の葉は、このたすきリレーの成功を祈っているかのようでした。箱根恵明学園のグランドのバックネットには7.5mに及ぶ大きな横断幕と、その上に「きこえるよ、耳をすませば、こころのさけび」と、熊本の小学校5年生の女の子による今年の虐待防止の標語が掲げられていました。その横には学園の皆さんが作られた大きな手作りのオレンジリボンが飾られています。朝早くからかけつけていただいた厚労省虐待防止対策室相澤専門官の挨拶の後、職員の方々や関係者の方々、そして子どもたち全員の温かい声援を受け、田崎園長による号砲のもとに、たすきをつけた1区のランナーがスタートを切りました。


初日の虹センターゴール
初日の最終地点は子どもの虹情報研修センターです。箱根から約60km地点で、全コースのちょうど中間点にあたります。初日のコース上には児童養護施設が多く、5施設に中継点を担っていただきました。施設ごと個性があるように、中継所ごとその施設や地域の特徴が表れます。そこがスピードを争う公式の陸上競技とは異なる趣を醸し出し、このイベントの大きな魅力の一つとなりました。近隣の幼稚園の子どもたちが先生方と一緒に作ったのだろうオレンジリボンの旗を懸命に振っての応援、ランナーたちのためにおいしい豚汁を作って迎えられた施設など、それぞれに心温まるシーンが展開されていきます。7区まで40名を超えるランナーによってつなげられたオレンジのたすきが横浜に入ったときにはすでに午後3時を回っていました。渋滞の1号線を進み箱根駅伝第8中継所にあたる戸塚警察所手前を左折すると初日のゴールはもうすぐです。虹センター横にある横浜桜陽高校ブラスバンド部の、この日のために準備された軽快な音楽が流れる中、傘寿を迎える当センター長を筆頭に10名のランナーがオレンジのゴールテープを切りました。施設職員や関係者そして近隣の方々が横断幕を持って笑顔で迎えてくれています。日中は暖かくとも夕方になるとぐっと冷え込んでくるこの季節、用意していただいた手作りの手打ちうどんが冷えた体を温めてくれました。

4.オレンジリボンキャンペーンと感動のゴール

翌日も見事な秋晴れでした。2日目は横浜、川崎、東京へと地区をまたがって進みます。初日の中継点は児童福祉施設がほとんどだったのに比べ、この日は公園、企業、寺院などが中継所となり、目指すは読売本社前です。朝の冷え込みがまだ緩まない午前9時に、8区のランナーがスタートしました。8区から9区は全区を通じて一番様々な職種のランナーが集まっており、多職種協働の雰囲気が最も感じられる区間でした。児童福祉関係はもちろんのこと、教職員、一般企業の方、地元自治会の方など10名を超えるランナーを、沿道の随所に集まられた地元の方々が声援を送ります。中には地元小学校に通う小学生や、乳児院の小さな子どもたちの姿もあって、子どもの未来を願うランナーにとっては嬉しい励みとなったに違いありません。


日本丸メモリアルパークにてチラシを配布


カンガルーOYAMA企画
みなで作成したオレンジリボンオブジェ
9区から10区への中継点は、横浜桜木町みなとみらい地区にある日本丸メモリアルパークです。ここは中継点であると同時に、オレンジリボンキャンペーンを展開する場として位置づけ、午前9時からその活動はすでに始まっていました。この日配布するために手作りのオレンジリボンを2500個も作成しました。背にオレンジリボンを印刷したジャケットを身に着けたキャンペナーが、虐待防止のチラシとともにそのリボンを随所で配っています。キャンペナーには各方面からの多くのボランティアの方に協力していただきました。嬉しいことに、横浜名物の大道芸師の方々が、趣旨に賛同され来場、キャンペーンを盛り上げていただきました。プロの司会者の方や歌い手さんまでボランティアで参加、協力され、華やいだ雰囲気です。さらに日本丸を背に設置されたステージ上では、星槎高校名物の和太鼓が大きな音で響き渡っています。腹の底まで響いてくる見事な太鼓です。後ろの日本丸は、マストを初め随所がオレンジ色の美しい船で、映えたオレンジ色がキャンペーンを後押ししているように感じられました。ステージの横に、「カンガルーOYAMA」の皆さんが一つのコーナーを設けられました。これは集まった方々がオレンジリボンを一つ一つ貼り付けて、高さ2メートルほどのオレンジリボンオブジェを描こうと考えられたものです。ちなみに「カンガルーOYAMA」は、栃木県小山市で起きた子どもの死亡事件を機に設立された団体で、オレンジリボンはここから始まっています。午前11時ごろ、ステージ前で太鼓が響き渡る中、9区から10区へとタスキが受け渡されました。ステージ横のオレンジのオブジェが完成間近で美しく輝いていました。

たすきは鶴見、川崎を超え、東京に入ります。大森、品川駅を抜け、13区から14区への中継点は泉岳寺です。泉岳寺は赤穂浪士47士の眠る著名なお寺です。コースを計画中、ここを中継点として許されるものかどうか、泉岳寺の僧侶の方にご相談したところ快く受諾していただきました。また参道のお店の方にこの趣旨をお話したところ暖かい励ましの言葉をいただきました。このことも、忘れられない思い出のひとつです。最後の中継点である日比谷公園を過ぎ、ランナーは銀座を周るように進み、いよいよ最終ゴールである読売新聞本社前です。


感動のゴール
午後3時をすぎると、ゴール地点にはすでに数十名のジャケットを身に着けた関係者やボランティアの方々が集まっていました。その数が時間とともに増えていきます。前日や当日のすでに走り終えたランナーたちも、続々と集まって来ました。午後4時を過ぎました。最終区のランナーの姿が見えました。多くの参加者の大きな拍手の中、ついにゴールテープを切りました。箱根から約115kmにわたる全コースを皆の力で走り抜けました。みな笑顔で、表情には走り終えた満足感が満ちています。笑顔はランナーだけではありません。これを計画し、実行に移していった関係者の誰もが笑顔でした。事故もなくたすきが無事につながったことの安堵感、さすがの疲労感、そして達成感と満足感で心の中が一杯になりました。

5.リレーを終え、次は来年へと


神奈川から東京にたすきを繋ぐランナー


読売新聞本社前での記念撮影
数日して、2日間にわたった数々のシーンが写真として収められているCDを映像担当の佐々木さんからいただき、すぐに開いてみました。箱根から東京まで、ランナーの走る姿や中継の模様、応援する人たちの姿が数多く映し出されています。驚いたのは、このCDの中にも笑顔がびっしりと詰まっていたことです。どの写真をみても、そこに写っている人たちが皆笑顔なのです。中には苦しそうなランナーの姿だったり、つまらなそうにしている人がいてもおかしくないと思うのですが、どれをとっても笑顔なのです。こう思いました。おそらく参加された方々は、心から子どもの明るい未来を願い、自分がしようとしていることの意味を感じて参加し、そうしていることに喜びを感じていたのだろうと。実は、イベントを終えて、次の日には別の気持ちが沸いてきていました。それは責任と大きな不安でした。来年も実施せねばという思いと、果たして来年もできるのだろうかという不安です。これを計画してからというもの、多くの方々の理解と協力がなくては決して成し遂げられないという事実を身にしみて感じてきました。ゆえにこの協力が来年も得られるのだろうかという不安です。しかしCDに収められている方々の笑顔は、「また来年も」という強い気持ちを抱かせてくれるに充分なパワーを秘めているものでした。参加していただいた方々への感謝の思いが溢れ出て来ました。

箱根から東京へとタスキはつながりました。次は今年から来年へとこのオレンジのたすきをつなぐ番です。

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